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「うわぁ……!」
展望台を囲む鉄柵には、その方向にある島の名前や説明が、木の看板に書かれてある。
青い海の向こうには白い街並みの広島市が見えるけれど、うっすら青みがかってる。
「レイリー散乱でしたっけ。青っぽくなってるの」
「そうそう。卵は産まないぞ」
「そこまでストマック脳じゃないですよ」
私はそんな話をしつつ、存分に写真を撮り、グルーッと動画を撮る。
驚いたのは、こんな山の上まで鹿がいる事だ。
「鹿、強いですね」
「強ぇな……」
私たちはボソッと言い合い、うん、と頷く。
ちなみに、展望台は割と岩の段差があったりで、足元注意だ。
ある程度満喫したあと、私たちは|弥山《みせん》から下山する事にした。
伊藤博文は『日本三景の真価は頂上の眺めにあり』と言ってたらしく、さらに上には空海が宮島で修行した時に焚いた護摩の火が、千二百年も燃え続けている〝消えずの|霊火堂《れいかどう》〟があるらしい。
広島平和記念公園にある〝平和の灯火〟も、そこから採火され、お堂にある〝大茶釜の湯〟は万病に効く霊水と言われているとか。
本当は行きたい気持ちがあるけれど、本格的な登山になってしまうようで、肝心の大鳥居を見に行けなくなったら本末転倒なので、断念する事にした。
「ふぁー、地上に到着!」
ロープウェイを降りた私は、妙な安心感を抱いてポンとジャンプし、体操選手みたいに両手をピッと上げる。
尊さんは腕時計を見て言う。
「フェリーを降りてから徒歩でロープウェイまで三十分ぐらい、そっから約十五分で展望台で……、だから、まぁまぁ一時間半ぐらい潰せたな」
「あとはゆっくりお店を見て、いい感じにこなれたストマックを満たすのです……」
「満ちる日はあるのかよ」
「満ち引きを繰り返す……、それが自然の摂理……。厳島神社だけに」
「上手い事言いやがって」
弥山には七不思議があるらしく、行きにも見たけれどロープウェイ乗り場の近くに看板があり、詳しく書かれてあった。
一つ目が先ほども触れた〝消えずの火〟で、二つ目は〝錫杖の梅〟という梅で、弘法大師が錫杖を立てかけるとそれが梅の木になってしまったものだという。
綺麗な紅梅を咲かせる木だけれど、山に不吉な兆しがあると咲かなくなると言われている。
三つ目は|曼荼羅岩《まんだらいわ》と呼ばれる巨大な岩で、弘法大師が書いたと言われる文字や、梵字、イラストが刻まれているという。
四つ目は|干満岩《かんまんいわ》で、側面に水の入った小さな穴があり、山の上にあるというのに潮の満ち引きに応じて水位が変わるんだとか。
これは科学的な証明がされていないらしい。
五つ目は拍子木の音で、深夜にカチーン、カチーンと拍子木を打つ音が聞こえた時は、家に閉じこもっていないと祟りがあると言われている。
六つ目はしぐれ桜で、晴れていても露があり、近くの地面は雨が降っていたように濡れている桜……だけれど、こちらは伐採されてしまった。
七つ目は|龍燈《りゅうとう》の杉で、旧正月の夜になると宮島付近の海面に謎の光が現れ、それを龍燈と呼んでいるそうだ。
それがよく見える弥山山頂の杉があったけれど、それも枯れてしまっている。
「オカルトチックなのもあるし、本当に自然の神秘みたいなのもありますね」
「俺は干満岩が好き」
「私は拍子木系がアガりますね」
「でも俺はお前の胃のほうが不思議だよ」
「バミューダストマック」
そんな話をしつつ、途中にあったミシュランガイドにも掲載された老舗旅館、『|岩惣《いわそう》』さんを横目に見ていく。
一八五四年創業で、皇族や夏目漱石なども利用したとか。
「ちょっと待って!」
私は途中にあった物を見逃せず、足を止める。
なんと、冷たいもみじ饅頭の自動販売機があるのだ。
中には和風の小箱が沢山入っていて、味に応じて箱の色が違う。自販機そのものもパステル調で可愛い。
「尊さん、買い食いしていい?」
「お母さんじゃないんだから……。昼飯に影響しないなら食えば?」
「食います!」
私は二百八十円を投入し、チョコレート味を選ぶ。
「んん~! 冷えてる! 尊さん、写真撮って!」
私は自販機を後ろに、もみじ饅頭の箱を手にしてポーズを取る。
「はい、三、二、一……」
彼に写真を撮ってもらったあと、変な顔をしてないか確認してから、その場で素早く食べてしまう事にした。