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第5話:はじめての名前
熱は下がった。
でも。
胸の奥の熱は消えなかった。
「もう平気」
ベッドから起き上がる藍音。
湊は安心したように微笑んだ。
「無理はなさらないでください」
「してない」
少し沈黙。
部屋に二人きり。
妙に意識してしまう。
(なんでこんなドキドキするの…)
耐えられなくなって言った。
「……ねえ」
「はい」
「ずっと気になってたんだけど」
湊は首を傾ける。
「どうかなさいましたか?」
藍音は視線を逸らした。
そして小さく言う。
「“お嬢様”って呼ぶのやめて」
空気が止まる。
「……え?」
「学校でも家でも」
声が少し震える。
「距離ある感じする」
沈黙。
湊は真剣な顔になる。
「ですが」
「嫌なの」
即答だった。
自分でも驚くくらい。
強い気持ち。
「もっと……普通に呼んでほしい」
胸がうるさい。
心臓が速い。
数秒の沈黙。
そして湊は静かに言った。
「……藍音様」
「違う」
「……藍音お嬢様」
「違うってば」
思わず笑ってしまう。
でも。
すぐ真剣になる。
「名前だけで呼んで」
ドクン。
空気が変わる。
湊の喉が小さく動いた。
「……それは」
迷っている。
珍しい。
いつも完璧なのに。
藍音は一歩近づいた。
「呼んで」
小さな声。
命令じゃない。
お願い。
沈黙。
そして――
「……藍音」
初めて。
名前だけで呼ばれた。
その瞬間。
心臓が爆発しそうになる。
「っ……!」
顔が一気に熱くなる。
嬉しい。
苦しい。
泣きそう。
「もう一回」
無意識だった。
「……藍音」
優しい声。
近い。
距離が近い。
呼吸が混ざりそう。
気づけば。
二人とも動けなくなっていた。
「……湊」
今度は藍音が呼ぶ。
初めて。
名前だけで。
湊の瞳が大きく揺れた。
次の瞬間。
強く抱きしめられる。
「……っ!」
「すみません」
低い声。
震えている。
「もう限界です」
心臓が止まりそう。
「貴女を」
耳元。
「手放したくありません」
ドクン。
その瞬間。
藍音は完全に理解した。
(私……)
(この人のこと……)
好き。
初めて。
自分の恋を知った。