テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
3
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
無人島生活五日目の朝。
湿った空気と強い日差しが、容赦なく体力を奪っていく。
Dクラスの拠点では、誰もが疲れを隠せなくなっていた。
それでも、最も無理をしていたのは堀北さんだった。
リーダーとして、食料の管理、ポイントの計算、各班への指示。
誰よりも責任感が強い彼女は、自分の限界を認めようとしなかった。
ひなは朝から、その様子を見て胸騒ぎを覚えていた。
「堀北さん、本当に少し休んだ方が……」
「問題ないわ」
いつものように、短く、強い口調。
だがその声には明らかな疲労が滲んでいた。
午後。
拠点の近くで水の整理をしていたとき、
突然、周囲がざわついた。
振り返ると、
堀北さんがその場に崩れ落ちていた。
「堀北さん!」
ひなは思わず駆け寄る。
額に触れると、驚くほど熱い。
「熱がある……!」
クラス全体に緊張が走った。
どうすればいいのか。
誰が今後の判断をするのか。
不安が、一気に広がっていく。
その混乱の中で、
ただ一人、綾小路くんだけはいつも通り落ち着いていた。
「まずは休ませよう」
その静かな声には、不思議と人を従わせる力があった。
彼の指示に従い、
ひなや桔梗ちゃんたちは堀北さんをテントへ運ぶ。
ひなはその横顔を見つめながら思った。
(どうしてこんなに冷静でいられるんだろう)
そして同時に、
彼の存在がどれほど頼もしいかを改めて実感していた。
夜。
堀北さんは高熱のため動けず、
クラスの雰囲気は重かった。
ひなもなかなか眠れず、
焚き火のそばで静かに座っていた。
波の音と、木々を揺らす風の音だけが聞こえる。
「眠れないのか」
背後から聞こえた声に、ひなは振り返った。
月明かりの中に立っていたのは、
綾小路くんだった。
「綾小路くん……」
「少し、見張りを交代することになった」
彼はひなの隣に腰を下ろした。
二人の間に、静かな時間が流れる。
「怖いか」
突然の問いかけに、ひなは少し驚いた。
「……うん。堀北さんのことも、クラスのことも、不安でいっぱい」
正直な気持ちを打ち明けると、
綾小路くんは焚き火を見つめたまま言った。
「不安になるのは当然だ」
その一言だけで、張り詰めていた心が少し緩む。
「でも、大丈夫だ」
「どうしてそう言い切れるの?」
彼は少しだけ間を置いて答えた。
「俺が何とかする」
いつものように淡々とした声。
それなのに、その言葉には揺るぎない安心感があった。
ひなはそっと彼の横顔を見上げる。
月明かりに照らされたその表情は、相変わらず読み取れない。
けれど、どんなときでも静かに支えてくれる彼の存在に、
胸の奥がじんわりと温かくなっていく。
「綾小路くんって、本当にすごいね」
「そうでもない」
「ううん。みんなが不安なときに、そんなふうに言ってくれるだけで、すごく安心する」
綾小路くんは少しだけ視線をひなに向けた。
「……お前にそう言われると、悪い気はしない」
その言葉に、胸が高鳴る。
しばらくして、ひなは小さく肩を震わせた。
夜風が思った以上に冷たかったのだ。
綾小路くんは何も言わず、自分の上着をそっとひなの肩にかけた。
「えっ……」
「風邪をひくな」
彼の体温が残る上着に包まれ、
ひなの頬が熱くなる。
「ありがとう……」
「礼を言う必要はない」
そして、ほんの少しだけ間を置いて続けた。
「お前には元気でいてもらわないと困る」
その言葉に、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
焚き火の明かりが揺れる。
ひなは勇気を出して、そっと彼の手に触れた。
綾小路くんは驚いた様子も見せず、
静かにその手を握り返してくれる。
言葉はない。
けれど、そのぬくもりだけで十分だった。
(この手を、ずっと握っていたい……)
ひなの心に、切ないほど甘い願いが広がっていく。
やがて綾小路くんが静かに口を開いた。
「ひな」
「うん?」
「今回の試験が終わっても、お前には今まで通り、俺のそばにいてほしい」
その一言に、胸が大きく跳ねる。
「……もちろんだよ」
声が少し震えてしまう。
綾小路くんは小さく頷いた。
「ああ。それならいい」
月明かりの下で交わした約束。
繋いだ手のぬくもり。
静かな言葉のひとつひとつが、
ひなの胸に深く刻まれていく。
無人島の過酷な試験の中で、
二人の距離は、誰にも気づかれないまま、
確かに縮まっていた。