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#ハッピーエンド
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ベルがレンブラントに無理難題を押し付けてから、あとニヶ月で一年が経とうとしている。
冬の終わりを告げる淡雪が、ケルス領の街に舞う。
石畳が敷き詰められた街道を歩く人々は厚手のコートを羽織ってはいるが、皆、表情は明るい。
それは長い冬がようやっと過ぎ去ることに喜びを覚えているのもあるが、もう一つ。
本日は、新しい辺境伯の着任式。しかも着任するのは、名領主と慕われた前々辺境伯の実娘の婿ときたものだ。
前々辺境伯の実娘アルベルティナ・エドゥ・クラースは父親が死んだショックで心の病にかかり屋敷で引きこもっていたというのは嘘で、人知れず王都で静養していた。
その際、心優しい男性と巡り合い、心の傷を癒し伯父と共にケルス領に戻って来た。療養中に横領を重ねていた現領主の後任となるために。
そしてこの度、貴族である夫が諸々の引継ぎを終えてケルス領に来たため、その任を受け継ぐことになる。
既に王都で挙式を上げた二人ではあるが、ケルス領では初披露目となる夫婦の姿を一目見ようと、大勢の領民が都心に集まっていた。
***
「どうだい、売れてるかい?」
来客を告げるウィンドウチャイムが鳴ったと同時に顧客であり、飲み友達の男がひょっこりと顔を出した。
「まあまあだな。ま、パンよりは酒の方が売れるだろう。今日は」
焼きたてのパンにしか見えないふくよかな店主は、できあがったばかりのパンを並べながら苦笑する。
「そりゃあ、そうだ。俺も今日はパンより酒の気分だ。なぁ、酒のつまみとしてラスクでも店先に置いといたらどうだ?案外売れるかもよ」
カッカと笑いながら余計なアドバイスをする男に、パン屋の店主は首を横に振る。
「いんや、今日は早めに店じまいさ。俺だって、新しい領主様を見たいもんでな」
「でもって、酒を飲むと?」
「ああ。今日飲まずして、いつ飲むんだ?」
「確かにな」
はははっと二人そろって声を上げた後、男は店主に向かって「またな」と手を振り店を出て行った。
「……今日も来なかったか」
人がいなくなった店内をぐるりと見渡した店主は溜息を吐く。
一年以上、店主は去年の秋の終わりに軍人に連れ去られてしまった少女のことをずっと待っている。
あの日、窓越しに見た少女は、軍人に囲まれていながらも自分が焼いたバケットを放そうとしなかった。
「今頃、どうしているやら。一応、嘆願書は送ったんだけどなぁ……」
パン屋の店主は、少女がバケットを値切り過ぎて連行されてしまったのだと思い込んでいる。
そしてこんなことなら大袈裟な芝居をせず、さっさと値引いて売ってやれば良かったと悔いている。
「うーん……昔のお嬢様にそっくりだったし、値切るのが上手くてついやり取りを楽しんでしまっただけなのに……まさかそれで連行されるなんて。本当に悪いことをしたな」
もしまた会えたら、今度は新作のシナモンロールをたんとおまけしてあげよう。
そんなことを思いながら、店主はしょんぼりと肩を落とした。
けれどその数日後、泣くほどシナモンロールをおまけする羽目になるとは予想だにしなかった。
コメント
1件
ああ、もう一年近く経つんですね……パン屋さんのあの後悔、胸に沁みます。「こんなことなら大げさな芝居をせず、さっさと値引いて売ってやれば良かった」って、たった一度のやりとりをずっと覚えている優しさが切ない。それにしても、シナモンロールをおまけする羽目になるって伏線、何だか泣けそうで怖いです。彼女にまた会える日が来るんでしょうか。続きが気になります🤍