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この部屋にいた君がまったく手をつけなかったものもある。昨晩淹れたまま手つかずのコーヒーもその一つ。コーヒーでも飲んでいってと部屋に上がってもらったのに、これではまるで最初から下心があって君を部屋に入れたと思われても仕方ない。
冷めたコーヒーを飲みながら、君との最初のセックスを思い出していた。君の童貞が私によって奪われていく最中、私はずっと君の顔を見下ろしていた。どんな小さな表情の変化も見逃さないように、そのあいだ瞬きもしなかった。
二人とも生まれたままの姿。私は君の腰の辺りを両方の膝で挟み、膝立ちの姿勢。君は仰向けに横たわり、ずっと無防備に目を閉じていた。何かをこらえ、何かを求めている表情。意地悪な私は君の先端と私の先端が触れている状態でしばらく静止した。
いつしか君の表情が懇願するような切なげなものに変わったのを見て、私はまず君の先端だけの侵入を許した。その瞬間、君は意表を突かれて、はうっと声にならない息を漏らした。
少しずつ腰を落として徐々に徐々に君を受け入れていく。目を閉じていても君の感動と感激が伝わってくる。君のそれを半分ほど受け入れたところで、再び静止した。君はなぜ? と抗議するような苦悶の表情。
そこで私はすとんと彼の下腹部に着地して、一気に彼のすべてを私の中に飲み込んだ。その瞬間、驚きのあまり君は目を見開いた。何かに怯え、それでいて何かを恥じるような表情。それを見られたくなかったのか、君はすぐにまた目を閉じた。
私が腰を小刻みに前後や上下に動かし始めると、別に君は何もしなくていいのに、自分だけ楽をしてるようで申し訳ないと考えたらしく、ぎごちなく腰を動かし始めた。でも私が教えて突き上げる動きを覚えたあとは、君の腰の動きがどんどん激しさを増すのにつれて、たちまち私は君を観察する余裕を失っていった――
私が大智君としたセックスは杉山竜星がまだ処女だった私としたセックスと同じだ。大智君に抱かれているのになぜ竜星を思い出すのか不思議だったが、今思えば当然のことだ。私は、竜星に教わったことを大智君にしてあげただけなのだから。
私の誕生日は四月。七年前の五月、何事もなく二十歳となった私は落ち込んでいた。
二十歳の誕生日までに恋人を作り、彼に処女を捧げる計画だったのに、あっけなく計画倒れに終わったからだ。
確かに私は外見も性格も地味な方だけど、私と同じような地味な子で彼氏のいる人なんていくらでもいるのに。そんな不満が徐々に膨らんでいった。
性に対する好奇心も人並みにあった。ただ、そういうことをあけすけに話せるほどの打ち解けた友達はいなかった。
最初にあせったのは高校卒業のとき。同級生に、卒業式までに処女を捨てるんだと言ってる子が何人もいて、彼女たちは宣言した通り、たいして好きでもない即席の彼氏に処女を捧げていた。
私は別に軽い気持ちでそういうことをしたいとは思わなかったけど、そういうことをする相手は生涯で一人だけと誓うほど純真な人間でもなかった。
できれば素敵な彼氏と巡り合って、自然にそういうことのできる関係になればいいなと思っていた。いつか誰かと結婚するだろうけど、それはまた別の話だと考えていた。
あせっていたのは確かだと思う。でも恋人がいなくてあせっているのは私だけじゃない。でもあせっているとき私が出会ってしまった相手は、よりによって杉山竜星だった。
竜星は私の周囲にはいないタイプの男だった。だから知り合ったきっかけは街で声をかけられたこと。
「絶対に嫌なことはしないので食事だけでもどうですか」
嫌なことしないならいいかと連れていかれたのは素敵なバーだった。大学の仲間との飲み会はたいてい居酒屋だったから、それだけで大学の仲間たちよりも大人に近づけたような気がした。
「詩音さん、N大の学生さん? すごいな。おれなんてただの高卒だからね、そういう違う世界の人と知り会えればいいなってずっと思ってたんだ」
地元の国立大学の学生である私に対して、竜星は高卒のアルバイト。年齢は私より二つ年上の二十二歳。でも主役俳優としてテレビに出てきてもおかしくないくらいのイケメンで、話も上手でいっしょにいると時間を忘れた。
別に生涯の伴侶を探してるわけではない。今の単調で退屈な生活に刺激と潤いを与えてくれる恋人がほしかった。もちろん恋人とのセックスも、刺激と潤いの手段の一つくらいに考えていた。それをする相手として竜星は理想的な相手だと思われた。
しかも紳士だった。というより私よりずっと大人に見えた。私の知らないことをいっぱい知ってるし、どんなに興味の持てない物事でも竜星が話題にすると必ず話に引き込まれた。
「竜星さん、きっとモテるよね。今までたくさんの女を泣かしてきたんじゃないの?」
「おれは実は女々しくて情けないやつなんだ。事故で亡くなってしまった人のことをずっと引きずっていた。最近やっと彼女のためにも前に進んでいかなきゃと思えるようになった。そんなとき詩音に出会った。これが運命でないなら何が運命だろうと思う」
今思えば私を虜にするための作り話だったに違いない。でも、七年前の私はみじんも疑わず、進んで彼の虜になった。
「竜星さんの恋人になりたい。竜星さんになら私の全部あげてもいいよ」
「もっと自分を大事にしなよ」
「私にとって一番大事なものは竜星さんだよ」
竜星はなかなかキス以上先に進まなかった。なんて紳士なんだろう! 私の目にはもう竜星しか見えていなかった。
六月のある日の夜、竜星はようやく私を自分の部屋に誘った。3LDKの賃貸マンション。アルバイトにしてはいい部屋に住んでるなと思った。部屋の中は部屋の中で油絵が飾ってあったり、大人の人の部屋は違うなと感心したのを覚えている。
私は当時、大学の近くで一人暮らしをしていた。遅れて帰ろうが、この部屋に泊まろうが、あとで文句を言われることもない。
なかなか手を出してこない彼にじれて、私は自分から抱きついた。
「そんなことされたら我慢できなくなっちゃうよ」
「我慢してだなんて言ってない」
「もっと大事にしたかったのに」
「大事にされてるのは分かってる」
竜星は私をベッドの上に移し、ようやく私の衣服を脱がせ始めた。竜星は女の私以上に女の体をよく知っていて、服の上から体のあちこちを軽く撫でるだけで私の口から声にならない吐息が漏れた。私が感じてると分かるとそこを集中的に責めた。
竜星のセックスはとても精神的なものだった。恥ずかしい声を聞かれまくってるという羞恥心といけないことをしてるという背徳感を刺激して、あふれくる性的快楽は私の理性を圧倒し、それをたちまち私の意識の外に追い出した。
「竜星さん、愛してる……」
「おれも詩音を愛してるよ」
「それなら早く……。ああっ!」
まだ全部脱がされてもいないのに、私は最初の絶頂を迎えた。最初のセックスは痛いだけだと覚悟していたから戸惑った。セックスってこんなに気持ちいいものだったのか? 快楽の海に溺れているうちに、気がつけば二人とも全裸になっていた。
「きれいだよ」
「竜星さんも……」
視界に入る彼の上半身は筋肉質ではなかったからたくましさはまったく感じなかったけど、私の体なんかよりもずっと整った美しさを感じさせるものだった。
「お願い……」
「ほんの少しの痛みも詩音には与えたくないんだ」
「痛くてもいい!」
彼は私の、二十年間誰の侵入も許していない場所を指と舌で念入りに愛撫した。二度目の絶頂を迎え恥ずかしい声を上げる私の表情を彼は満足そうに見下ろしている。私は恥ずかしくなり目を閉じて、さらに彼の視線から逃れるように顔を背けた。
そろそろかなと覚悟する私をあざ笑うように、底なし沼のような彼の愛撫は続く。私の体は弾けばその通りに鳴るだけの楽器と化していた。愛撫されてる場所からぴちゃぴちゃといやらしい音が響きわたる中、私は三度目の絶頂を迎えた。私は泣いてしまった。うれし泣きなんかじゃない。じらされすぎて悲しかったのだ。
「ごめんね。そろそろ挿れるよ」
「うん!」
今までの人生で一番いい返事だったかもしれない。ぼろぼろ流れていた涙も瞬時に止まった。
竜星は膝立ちになり、仰向けに横たわる私の両足をゆっくりと持ち上げて、体にぺたんとくっつくまで折り曲げた。私の体の、彼を受け入れる部分が自然に持ち上がり彼の目の前にさらされているのが恥ずかしかった。それからすぐ私の敏感な部分に何か硬いものが当たるのが分かった。
でも彼はまた動かない。求めてるのに与えられない切なさをこらえきれず、何分かして私はまた泣き出した。どうすれば私が泣きやむかを知っている彼は無言でそれを私の中に侵入させた。先端だけ入れて止まり、その後も少し進んでは静止した。
これで全部入ったのかと思って目を開けて、肘で支えて少し顔を上げてみると、結合部分がはっきりと見えた。全部どころか彼のそれはまだ半分も私の中に入っていないようだった。お父さん以外の男性のその部分を初めて見た。興奮して血液が充満したそれはもっとグロテスクなものだと思っていた。それは色白な彼の体と同じ色をしていて、何かの道具のようにただ細長く、不快さやいやらしさをまったく感じさせないものだった。
力なく体を後ろに倒すと、また涙が込み上げてきた。懇願するような私の表情を見て、満足したのか、それとも同情したのか、竜星は腰を前に突き出して一気に私を貫いた。
今までの念入りすぎる前戯の成果だろう。初めてなのに痛みはまったくなかった。
唐突な貫通で私の意表を突いたあとはまた緩慢な動作に戻った。ゆっくりと挿し込み、ゆっくりと引き出す。何度も何度も何度も何度も。もっと速く動いてほしいと思ったけど、慣れてくると愛撫されていたときにはなかった強い快感が込み上げてきて、私はまもなく四度目の絶頂を迎えた。
「疲れたよね? 今日はこの辺にしとこうか」
「待って!」
有無を言わさず彼が私から離れ、驚いた私は上体を起こした。さっき半分だけ見えた彼のそれの全部が目に入った。彼のそれにはうっすらと血がついていて、痛みはなかったけど確かに私はもう処女ではなくなったんだなと実感した。
「おれみたいなつまらない男が詩音の初めての男になれて光栄だよ」
「竜星さんはつまらない男なんかじゃない。あなたに私の最初の人になってもらえて、私こそうれしいと思ってる」
「なんか怒ってる言い方だね」
「だって私だけ気持ちよくして、竜星さんまだ最後まで終わってないじゃない?」
「実は今日詩音とこうなるなんて思わなかったから避妊具を用意してなかったんだ。おれは詩音を愛してる。避妊に失敗して君を泣かせることだけは、どうしても嫌だったんだ」
「それなら大丈夫。今生理始まる直前くらいで危険日じゃないから遠慮なく中に出して!」
長時間焦らされすぎてどうかしていたとしか思えない。今思えばなんて恥ずかしくて愚かしいことを言えたものだと死にたくなるほど自分が嫌になる。
「本当に大丈夫なの?」
「うん!」
さっきの〈うん!〉よりもさらに明るく気持ちいい返事だった。きっと私の目は少女マンガのヒロインの瞳みたいにキラキラしていたに違いない。
竜星は私を四つんばいにして今度は後ろから突いてきた。さっきまでの緩慢さはなく、小刻みに揺らすように私の敏感な部分を刺激した。やはり痛みはない。
私が五度目の絶頂を迎えてまもなく、竜星も射精した。私がそうしてと言ったことでもあるし、絶対に中に出されると覚悟していたけど、彼は直前にそれを引き抜き、私のお尻にかけた。ますます彼の虜になって、私は思わずつぶやいた。
「セックスって、素晴らしい」
大智君が私との初めてのセックスの直後にそう言って私を不快な気持ちにさせたけど、それはもともと七年前に私が生まれて初めてセックスした日に竜星に言ったセリフだった。大智君はなんにも悪くないのに、八つ当たりのように彼を言葉でいじめてしまった。
私と竜星は違う。最初にしたセックスにしても、処女だった私に対して竜星が最後まで圧倒的優位を保ち続けたのに対して、童貞だった大智君に対して私が優位でいられた時間は短かった。それでよかったと思っている。私は竜星と違って、相手を屈服させて思い通りにしたいと思ってるわけじゃない。セックスもそれ以外も、大智君とは対等の関係を続けていきたい。できればこれから何十年先までずっと。
七年前にセックスは素晴らしいと言った私は、その後竜星に処女を捧げたことを激しく後悔して、二度と誰ともセックスしないと誓う羽目になった。大智君、君が私に童貞を捧げたことを一生後悔しないでいてくれることが、今の私の一番の願いなんだ――