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証拠はあるんだ、でもさ これはうん仕方がないよ(
次の日、桃は今後の赫のことを相談するため、家族全員で学校に向かった。
歩く隊列は、自然と決まっていた。
真ん中に、赫。
両脇を固めるように、桃と茈。
少し後ろに、黄と瑞。
翠は、最後尾。
誰も「後ろ大丈夫?」とは聞かない。
聞かれないのが、もう当たり前になっていた。
学校の会議室。
白い机、パイプ椅子、閉め切った窓。
赫の担任と、学年主任。
どちらも、神妙な顔をしている。
「まずは……お話しくださってありがとうございます」
定型文。
丁寧で、距離のある声。
赫は、ぎゅっと膝の上で手を握っていた。
翠は、その手だけを見ていた。
「現在確認できているのは、本人の申告のみでして」
学年主任が、資料をめくる。
「もちろん、内容は重く受け止めています。ただ……」
一瞬の間。
「客観的な証拠がない場合、退学や停学などの重い処分は難しいのが現状です」
空気が、張りつめた。
「……は?」
最初に声を上げたのは、茈だった。
「こんなに苦しんでんのに」
「それでも、ダメなんですか?」
机に、少し音が立つ。
瑞も、堪えきれずに前に出る。
「赫くん、嘘ついてないです」
「瑞、ずっと一緒にいました」
担任は、困ったように眉を下げる。
「疑っているわけではありません。ただ……」
「ただ、証拠がないと動けない?」
桃が、低く言った。
声は静かだけど、
抑え込んだ感情が、はっきり伝わる。
「……はい」
その一言で、
何かが、確定してしまった。
黄が、赫の肩にそっと手を置く。
「大丈夫だよ」
「俺たちがいる」
赫は、小さく頷いた。
そのやり取りを、
赫は、少し離れた場所から見ていた。
——証拠。
その言葉が出るたびに、
胸の奥が、ずきりと痛む。
ポケットの中のスマホが、
やけに重い。
「現時点では、クラス替えや登校時間の調整などで——」
学年主任の説明が続く。
でも、
それは“守る”であって、
“終わらせる”話じゃない。
茈が、歯を食いしばる。
「……それだけ、ですか」
返事は、なかった。
会議室に残るのは、
できない理由だけ。
家族だけでは、
どうにもできない場所。
翠は、
机の端を見つめながら、思う。
——俺が、持ってる。
——でも、
——今、出したら。
赫の視線が、ふと、こちらを向いた。
心配そうな目。
守られている側の目。
翠は、
ほんの少しだけ、笑った。
(大丈夫)
声には、出していない。
でも、そう言ったつもりだった。
会議は、
“様子を見る”という言葉で締められた。
廊下に出た瞬間、
家族は一斉に赫を囲む。
「疲れたよな」
「今日はもう帰ろう」
「無理しなくていい」
翠は、
その輪の外で、
ポケットの中の重みを、そっと握った。
——証拠がないと、どうにもならない。
その言葉だけが、
頭の中で、何度も反響していた。