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え、翠っちゃん凄すぎる 撫で回したい((
話し合いが終わって、
家族が廊下で赫を囲んでいる間。
翠は、一歩だけ、後ろに下がった。
「……すみません」
小さな声。
でも、ちゃんと届く距離。
担任と学年主任が、振り返る。
「少しだけ、いいですか」
赫の名前は出さなかった。
家族の方も、見なかった。
会議室のドアが閉まる音が、
やけに大きく響いた。
翠は、椅子には座らなかった。
立ったまま、背筋を伸ばす。
「……さっきの話で」
担任が、ゆっくり頷く。
「証拠があれば、処罰が可能になる、って」
「はい」
学年主任の声は、変わらない。
翠は、少しだけ間を置いた。
「……具体的に、
どんなことが確認できたら、
退学や重い処分になりますか」
一瞬、空気が止まる。
質問の内容に、
担任が少しだけ目を見開いた。
「それは……」
学年主任が、淡々と説明する。
「継続的な暴力行為」
「複数人による囲い込み」
「逃げ場のない状況での威圧」
「明確な脅しや、精神的苦痛を与える発言」
一つ一つ、
“条件”として、並べられていく。
翠は、
何も書き留めなかった。
——全部、知ってる。
——全部、
——もう、入ってる。
ポケットの中のスマホが、
静かに存在を主張する。
「……もし」
翠は、声を落とした。
「それが、
動画や音声で確認できたら」
学年主任は、迷いなく答えた。
「事実確認の上、
厳正に対処します」
「……退学も?」
「可能性は、あります」
その言葉で、
翠は、ようやく息を吐いた。
「ありがとうございます」
深く、頭を下げる。
担任が、少し戸惑ったように言う。
「君……大丈夫?」
その一言に、
ほんの一瞬だけ、心が揺れた。
でも、翠は顔を上げて、
はっきり言った。
「はい」
それは、嘘でも、強がりでもなく、
決断だった。
ポケットから、スマホを取り出す。
「……これを、提出したいです」
画面には、
いくつものファイル。
日付。
時刻。
校舎裏の音。
担任の表情が、変わる。
学年主任が、
一つ一つ、慎重に確認する。
再生される声。
笑い声。
命令口調。
逃げ場のない空気。
「……これは……」
重い沈黙。
翠は、
その沈黙を、静かに受け止めた。
「一つ、お願いがあります」
声は、震えていない。
「この件、
家族には、
俺が提出したってことは言わないでください」
担任が、言葉を探す。
「それは……」
「赫ちゃんのためです」
即答だった。
「赫ちゃんが、
“自分のせいで誰かが傷ついた”って
思わなくていいように」
学年主任は、
しばらく考えてから、頷いた。
「……分かりました」
「情報の取り扱いには、
最大限配慮します」
その言葉を聞いて、
翠は、もう一度だけ頭を下げた。
ドアを開ける前、
一瞬だけ、手が止まる。
——これで、いい。
——これで、終わる。
廊下に出ると、
家族の声が聞こえた。
「赫、疲れたよな」
「今日は甘いもの買って帰ろ」
翠は、
その輪に、何事もなかった顔で戻る。
ポケットは、
心做しか軽かった。
守るものは、
全部、置いてきた。