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僕らの詩 ~Our Lifetime~

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僕らの詩 ~Our Lifetime~

9 - 光に酔いしれて

♥

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2022年09月16日

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「シエル」のエントランスでは、ランタンが灯っている。

空間中が、優しい暖色で満ちている。

ランタンと言っても、キャンプなどで使うものではなく、空に飛ばすような形のものだ。

その小さな明かりが、何個も置かれている。

なぜそんなものが突然現れたのか。

それは、旅人を弔うため。

6人で花火を見た3日後、優吾が、空へと旅立った。

ここではそういう人たちを「旅人」と呼ぶ。そしてその日の夜、一晩中こうしてランタンが灯される。

昨晩も、煌々と柔らかな光は輝いていた。



優吾がいなくなった寂しさを紛らわそうと、樹はジェシーの部屋に向かう。

誰かに来てほしかった、と言って嬉しそうに迎えた。

外は雨。空までもが、死を悼んでいるようだ。

しとしとと降る雨音が聞こえる中、ジェシーはベッドの上で何やらグラスを傾けていた。

「…ん? 何飲んでるの?」

「見ての通り、赤ワインだよ」

グラスの中身は、深紅のワインだった。

「え、飲んでいいの?」

入院中はもちろんアルコールはダメだったし、身体に悪いと思っていた。

「うん、ここでは基本自由だからね。でもね、これ普通のワインじゃないんだよ」

「え?」

「モルヒネ入り」

と言って笑った。

「ちょっとしんどいときとか、モルヒネをほんの少し溶かしたやつを飲むと楽になるんだよね。身体が楽になると心も楽になる。一石二鳥だよ」

ワイン苦手じゃない? と聞かれてうんと答えると、新しいグラスに注がれたワインを渡された。

一口含むと、芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。

「モルヒネ入ってるなんて思いもしないね」

「でしょ」

2人して、そっとワインを傾けた。しばしの静寂のあと、

「最初からわかってたことなのに、悲しいよね」

ジェシーが口を開く。樹はそのやや悲しそうな瞳を見返した。

「ここにいる時点で、いつかいなくなるってことはわかってた。それは誰もが同じ。でも、あともうちょっと一緒にいたかった、そばにいてほしかったって思うのはエゴなのかな」

樹は静かに首を振る。

「…ううん。俺もそう思うよ」

ジェシーは樹を見やった。

「せっかく出会った人なのに、あっけないよね。儚すぎるっていうか。あとほんの少しでいいから、時間があればよかったのに…」

と言ってから、ふっと笑った。

「…ま、俺らに時間なんてそんなにないんだけど…」

ジェシーは黙って聞いている。

「…美味しいね、このワイン」

「だよね。これ、瀬戸内のぶどうから作られてるんだって」

「へえ、そうなんだ。どうりで美味しいわけだ。ワイン好きだから、もっと早くに飲んでみたかった」

「でも、今でこそ特別な味がするよね。最後まで味わい尽くそうって思える」

確かに、と樹は笑った。

「……ちょっと俺眠たくなってきた。マスターに言ったらワイン出してくれるよ」

「そっか、ありがとう。じゃあ戻るね」

おやすみ、と言ってドアを閉めた。


ジェシーが空へ優吾の後を追いに行ったのは、その夜のことだった。

雨は上がり、月が綺麗に姿を見せた夜であった。


続く

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