テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
遥に“何もしなかった”夜のことを、なぜ今さら、思い出してるのか。
布団に入っても眠れなかった。
目を閉じれば、聞こえる気がした。
玄関を開ける小さな音。
歩くたびに軋む床。
冷えた部屋に響く、呼吸の音──他人のものではなく、遥のものだ。
(……なんで、いまさら)
誰よりも細い背中だった。
誰よりも無防備で、壊れかけていた。
それでも、布団に包まって縮こまりながら、必死に“黙っていた”。
「おまえ、さ──ほんと、バカだよな」
あのとき声をかけた自分の言葉すら、思い出すのが嫌だった。
言葉をかけたあとに沈黙が来るとわかっていたのに、それでも何かを言いたくなる──それが遥だった。
壊したくなるのに、壊すには“足りない”。
壊さないでいるには、“痛すぎる”。
(……あの夜、オレがもう一歩、踏み込んでたら──
……どうなってたんだろうな)
自分の手が、布団の上で拳を握る。
無意識に──遥の首を思い出していた。
白くて、細くて、力を込めれば簡単に折れそうな首。
そんなことを考える自分が、心底、気持ち悪かった。
(ちげぇだろ。そうじゃねぇだろ)
「守ってた」わけじゃない。
「壊したくなかった」わけでもない。
ただ──誰にも渡したくなかっただけ。
玲央菜が笑いながら遥を壊すなら、まだ納得できる。
だけど、あいつの手を離れた遥が、他の誰かの手で壊れていく姿を想像するたび、喉の奥が熱くなる。
──嫉妬でもなく、怒りでもなく、もっと歪な何か。
オレが一番、あいつに執着してる。
玲央菜じゃない。晃司でも沙耶香でもない。
それが、最悪だった。
(“あの夜”、触れてたら。触れてしまってたら。
オレは──あいつを、壊してた)
爪が、手のひらに食い込んでいた。
もう眠れなかった。
誰もいない部屋で、
遥の呼吸の気配すらないこの場所で、
自分の中の“何か”が、喉元までせりあがってくるのを感じていた。
(壊したくない、なんて、嘘だ)
壊したかった。
でも、“壊したのが自分”だと悟られるのが、怖かった。