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第5話:共鳴過多(オーバーシンク)
ツリーハウス学舎、南演習棟。
朝からフラクタル演習が続く中、タカハシは息を潜めるように集中していた。
整った黒髪、メガネの奥の目はいつも以上に鋭く、額には汗が浮かぶ。
演習服の袖はぴっちりと留め、腕にはコード構成用のリングが光る。
「今日は全コード手打ちでいく。制限文字、96……完璧だ」
彼が放ったフラクタルコードは、精密だった。
《SHIELD = TRUE》《GRAVITY = -1》《REFLECT = 25》《ECHO = FALSE》《CONTROL = MANUAL》《LOCK = ON》《PULSE = MID》《FUSE = BALANCE》《DENSITY = 30%》
構築が終わった瞬間、演習場の床に淡く蒼い六角の盾が現れた。
反射率、重力係数、分離パルス。どれも理想的――のはずだった。
「……動けない……っ?」
タカハシの額から、じわっと光る汗がにじむ。
防御シールドのはずが、自分の感覚までも巻き込んでしまっていた。
《EMOTION = OVERLAP》《THOUGHT = LOOP》《RESONANCE = MAX》
――フラクタルが、タカハシの感情に共鳴しすぎた。
「タカハシ!? おい、大丈夫か!?」
駆け寄るゲン。制服の襟元が乱れ、フラクタルリングを外したまま走ってきた。
その横から、スカートに白衣を羽織った先生――モカが颯爽と現れた。
「コード停止フラグ解除、すずか、補助お願い!」
《NEURAL RESET = TRUE》《STIM = CALM》《BPM = SYNC》《ANCHOR = “ここにいること”》
彼女の背後に立つメディすずか――水色のホロ制服を着た女性型AIが淡々と声を出す。
「共鳴過多レベル2。言語機能低下、視認操作開始。……大丈夫。あなたは戻ってこられます」
フラクタルが静かに波打ち、タカハシの周囲から光が抜けていく。
まるで過剰な“自分”を、静かに戻していくようだった。
数分後、彼はふっと目を開けた。
「……俺……どこまでやってた?」
「96文字ぴったり。でも、コードの最後に《EMOTION = LOOP》入ってた。自爆型だぞそれ」
「うわ……やっちまった……」
モカ先生がやれやれと肩をすくめる。
「コードに心を載せすぎると、自分が溺れる。感情は武器にもなるけど、鎖にもなるのよ」
放課後。
ゲンとタカハシは教室の外の枝道に座り込んでいた。
「……でも、やっとわかった。俺、怖かったんだ。下手なコード組むのが」
「だから完璧に書こうとして、逆にバグったんだな」
「はは……笑えねぇけど、そうかも」
ゲンがふっと笑って言う。
「でも俺はさ。お前の《BALANCE = 30%》っていうの、めっちゃ好きだったぞ。
“人間っぽい不安定さ”が、逆に美しかった」
その言葉に、タカハシは少しだけ肩の力を抜いた。
ツリーハウスの枝に、風が吹く。
碧素の光が葉脈に沿って優しく脈動していた――。