◻︎ストーカーの正体
「許嫁ってことは、親同士が決めたということですか?」
「うーん、最初はそうだった。遠縁のだいぶ年下のお嬢さんでね。そういう女性がいることを聞かされたのは、俺が成人したとき。彼女はその時まだ小学校にも入ってなかった」
「ぶっ!それって犯罪!」
「いやいや、許嫁と紹介されただけでなんの付き合いもなかったし、俺は年相応にいろんな人とも付き合ったし」
「あ、そうか。ん?じゃあ、省吾さんと仲良くなったのはいつ?」
私の質問に、神崎と省吾は目を合わせた。
「バイトでうちの会社に入ってきたのが10年ほど前。その後正社員で入ってきて…あれからもう3年くらいになるかな」
神崎フーズが傾きかけた時、会社を守るために神崎は相当な苦労と無理を重ねていた。
その頃に、気づくといつもそばにいてくれて細やかにフォローをしてくれていたのが丸山省吾だった。
「でも…」
「綾菜さんが言いたいことはわかる、なんで男と?だろ?」
「はぁ、ごめんなさい、偏見ですよね?」
「いや、いいんだよ、そういうことには慣れているし。なんて説明すればいいかなぁ。居心地がいいんだよね、省吾といるのは。これは多分、男とか女とか関係なく、省吾だからだと思う。たとえば、省吾が女だったとしてもこんな気持ちになったと思う」
「ふーん、なるほど」
たしかに、さりげなく神崎を気遣う様子は、熟年夫婦のようにも見えるし、仕事の段取りや手配もそつなくこなしそうだ。
「省吾は、秘書になってからもすごく勉強してくれてね。必要だからと、フランス語とイタリア語、中国語も勉強してくれた。もともと英語はできたけど」
「へぇ!すごい!それはやっぱり神崎さんのためですか?」
私は、黙ってお肉を焼いている省吾に問いかけた。
「まぁ、そんなところです。社長が必要としていることで僕にできることは全てやるつもりです」
真っ直ぐに私を見て答える省吾。
「神崎さんのことをとても思ってらっしゃるんですね」
「…はい、今は僕の全てです」
「というわけで、俺のパートナーは省吾しかいない。このことをその許嫁に説明して、許嫁であることを解消してもらおうとしたんだけど」
「でも、許嫁の解消って、親同士は認めてるんでしょ?」
「うん、だけど、その女性が思い込みが激しい人でね、俺と結婚するんだと言われて育ったからそのためだけに生きてきたような人だから…」
そこまで話して神崎は頭を抱えた。
_____あれ!もしかして?
私には思いついたことがあった。
そのことを神崎に確かめる。
「あの、その許嫁の女性って、この車に乗ってますか?」
私はお母さんから転送してもらった、ハイブリッド車の写真を見せた。
「省吾、これ?」
省吾に写真を見せる神崎。
「そうです、ナンバーも読み取れますが、間違いなく高崎桜子さんです」
高崎桜子、それがあのストーカーのような女性の名前だった。
「この写真は?」
「最近、無言電話やつけられている時もあって。先日のパーティの帰りもこの車でついて来ました。でも、なんとなく理由がわかりました。私の名前をその高崎桜子という人に教えたんですね?」
「いや、まだ名前は言っていない。素敵な女性がいるとは言ったが…」
そんなこと、調べればすぐわかることだろうと思った。
子供の頃から、この人と結婚するんだと言い聞かされて育っていたとしたら、偏った考え方になってしまったのかもしれない。
それに、客観的に見ても神崎には男としての魅力がある。
いつかのあの電話。
『返して…』
は神崎を返してということなのだろう。
それにしても。
「あの、やめていただきたいんですが」
「え?」
「神崎さんの個人的なことに、私を巻き込まないでください。仕事先にまでおかしな電話がかかってきてますし、あんな風につけられたりしたら、なにをされるかわかりません」
「仕事先にまで?」
「ほんと、いい迷惑です。私は怖くて住んでるところから別の所に仮住まいですよ、どうしてくれるんですか?!」
また顔を見合わせる神崎と省吾。
少々、苛立つ。
「お二人の仲は公然の事実なら、もうそれを通すしかないでしょ?何回でもその高崎さんとやらに説明するしかないでしょ?」
「やはり、それしかないか」
「そうですよ、こんな姑息な身代わりの恋人を作ってなんとかしようとしても、それがバレたらよけいにややこしくなります。そして私はとても迷惑です」
話しながら、ふと思った。
「その高崎さんに連絡は取れるんですか?」
「あ、あぁ、取れる」
「すぐ呼んでください、ここに。もしかすると、そこら辺まで来てるんじゃないですか?私をつけてるとしたら。まさかとは思うけど」
「呼んでどうするつもり?」
「私から説明してみます。女同士の方が話が通じるかもしれない」
「わかった、連絡してみる」
省吾が電話をかけて、神崎に代わった。
「桜子さんですか?しばらくぶりですが。えぇ、相変わらずです。あの、今お忙しいですか?よろしければ、すこしお時間をいただきたい…、え?えぇ、いえ、こちらにお越しいただきたいんですが。〇〇という焼肉店、そうです。はい、お待ちしてます」
スマホを省吾に返す。
「すぐに来るといってたけど、隣街だから30分くらいだろう」
ところが、5分もしないうちに、その女性はやってきた。