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「じゃあ、いってきまぁ~す」
炎加のその穏やかな声を合図に炎帝達は事務所を飛び出した。
炎帝は、陸華のように軽やかに、愛華のように宙に浮くようにして駆けてゆく。その動きには一切の無駄が無い。これも姉の愛華と鈴華譲りなのだろうか。
和華はそんな炎帝を追うようにして、まるでバレエでも踊るように可愛らしいステップを踏みながら駆けている。彼女の小柄な体格からは想像もできない程の速度で、地面を軽くトントンと触れるようなリズムで進んでゆく。
そんな和華を終始愛おしそうに見つめながら、時に心配しながら炎加は優雅に駆けていた。彼の優雅さは、兄と姉の影響だろうか。その足取りはまるで、風に乗った木の葉のように、地面に影さえ残すまいとするようだった。
そうして炎帝が電話を切ってしっかり一分半後、炎帝達は依頼主である青年の家に着いた。
青年の家は一軒家のようで、赤い屋根の大きなお家とでも言いたいような家だ。
炎帝は細長いが、男性的なゴツゴツとした指でそっとインターホンを押した。
その後ろでは和華が「ちゃんと鳴りましたかね?」と首を傾げている。
そんな和華の姿を見る度に炎加は一喜一憂する。普段は心穏やかで並大抵の事では動じないように育てられた彼だが、どうにも和華の事となると心が揺さぶられるようだ。今も、和華の可愛らしい仕草に顔が緩んでいる。
慌てたような声と共に玄関扉がガチャリと音を立てて開いた。
そこに立っていたのは受話器から聞こえた青年の声の持ち主だ。よって、依頼主の青年と考えても良いのだろう。
「い、一分半で、此処に…?」
青年は今までの依頼主と同じく驚きと戸惑いを隠せないようだ。それもそうだ。この場所にするには愛華達の居る事務所から車をとばしても八分はかかるのだから。
「ま、まぁ、それは今はいいや。妹があと三十分ぐらいすると帰ってくるって言うんですよ…!本当に、本当にお願いします!何とかしてください!」
そんな慌てた様子で、焦りからか早口で青年は自身の不安と焦りを訴えながら炎帝たちを事件現場(?)であるリビングへと案内した。
「三十分、ですか…。何とかしてみましょう」
炎帝は見事なまでにずぶ濡れになっている本に目をやりながらそう宣言してみせた。
水没したと見られる本は、文庫本のようで、学生たちがバスや電車での移動中に読んでいるようなサイズの物だ。
「これ程まで濡れているとなると、多少のシワは残ってしまうかもしれませんね」
真剣な目付きで被害に遭った本を見ながら炎帝はリュックからキッチンペーパーとタオルと取り出していた。
優しい手付きで炎帝は本をタオルでポンポンと優しく拭いている。
「炎加さん、和華、依頼主様の妹さんに渡すお詫びの品として、何か甘い物でも買ってきてくれませんか?依頼主様も、二人と共に行ってきてはどうでしょう?気分転換になるかもですし」
有無を言わせない笑顔で炎帝は語りかけ、青年の気分転換兼、妹へのお詫びの品の購入に向かわせた。
「さて、此処まで濡れていると、復活させるのはかなり骨が折れますね。どうしたものか」
先に大体の水分をタオルに吸収させた方が良いと聞く。炎帝はその通りにタオルで本をそっと拭いていた。
その時、彼のつけているイヤホンから愛華の声が聞こえてきた。
「悪戦苦闘しているようだな。その本はもう販売中止しているらしい。だが、丁度炎帝が送ってくれた資料どおりの本を見つけてな。その本を持って丁度姉にフラレた湾華がそちらに向かっている。本にある書き込みなどは炎帝が筆跡を真似して書いておけ。じゃあな」
本当によく手を回しているものだ。どんな生活をしていればそんなに頭が良くなるのか教えて欲しいものだ。いや、実際に愛華に聞くと、「お前も数百万年生きれば良い」なんてことを言われかねないので止めたほうが良いかもしれない。
「愛姉さん、有難う御座います!」
愛華の気遣いに炎帝は感嘆としながらも、しっかりと律儀に感謝した。
炎帝にとっては、保険が一つ増えたのだから喜ばしい事なのだろう。