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明らかにベルッティは崩落に気づいていた。
気づいていながら、何も言わずに、外に出た。
ルーニーには意味がわからなかった。
ただ「ここは危険だ。早くここから出よう」そう言えばいいだけなのに、ベルッティはそうしなかった。
その結果、取材していた男は家の下敷きになった。
考えている暇はない。早く助けなければ。
そう思って走りだそうとした矢先に腕を掴まれた。
「ベルッティ!? 何で邪魔するんだ」
「お前こそ邪魔するな、おれたちの仕事は何だ。まだ何の情報も掴んでないじゃないか」
目の前で人が死にそうになっているというのに、ベルッティは気にも止めない。
さっきまで一緒に会話をしていた人が、死ぬんだぞ。
それにベルッティが男の話に目を輝かせていたことだって、ルーニーにはわかっていた。
なぜそんなに簡単に見捨てられるんだ。
「そんな目でおれを見るな。今回は、おれが正しい」
ようやく言いたいことがわかってきた。
考えてみれば、いきなりやってきた子供の奴隷が「この家は崩れる、早くここから出て」と言ったところで相手にされるわけがない。問答を重ねている間に全員死ぬだけだ。
ベルッティはグラスフットと呼ばれる種族だ。
聴力などの五感に優れる為、冒険者になったグラスフットの多くは罠の解錠役を任される。
男をひと目見ただけで素性を見抜いた時もそうだったが、ベルッティの直感は鋭く、こと生存することにおいては、そうそう外れることがない。
すべての問題が目に見えるとは限らない。
ルーニーがどれだけ正しく生きたところで、ここまで鮮やかに罠を回避できはしないだろう。
直感もそうだが、大切な物を瞬時に見捨てる覚悟がルーニーにはないのだ。
ぼくも、もっと簡単に人を見捨てることができるようになればいいのか?
本当にそれでいいのだろうか?
確かにアーカードも息をするように人を見捨てる。
その上、何事もなかったかのように正しいことを言ってみせる。
そうすることで、利益が上がるのはわかる。
なら、ベルッティも、ベルッティの言葉も正しいのだろう。
「おい、何をしている。置いていくぞ」
ベルッティがいらだっている。
道行く人々は崩落した家に驚きはするが、誰も助けようとしない。
そうだ、皆。
仕事があるのだ。
やるべきことはいくらでもあり。
見知らぬ誰かを助けたところで、1セレスにもならないと知っているのだ。
冷たい。
とても冷たい世界だ。
この世界で正しくあり続けることは、一体どれだけ難しいのだろう。
途方もないことだった。
「待て、ベルッティ。助けた方が金になる」
ルーニーはまるで悪巧みをするかのように囁いた。
だが、その内心は違った。
悪巧みなど思いついてもいなかった。
ルーニーは思う。
ここでベルッティを説得するしかない。
こういう事はこの先、いくらでもある。
ぼくはそのほとんどを何もできずに終えるだろう。
だからって、最初から諦めるなんて嫌だ。
最初の一歩をここで掴んでやる。
「金? なぜ金になる」
ベルッティが食いついてきた。
咄嗟に頭を回転させる。
影の王と呼ばれたアーカードの姿が脳裏をよぎった。
もしかしたら、彼もぼくと同じなのかもしれない。
「新聞に、記事にするんだよ」
「ぼくたちがこの崩落の第一発見者だ。このニュースは売れる」
ルーニーが続ける。
「走って、駆け寄って、必死に助けようとする子供の姿は、感動を呼ぶ。ああ、なんて健気なんだと思われる。その感動は金になる」
足りない、足りない。
まだ足りない。
ベルッティを動かすには言葉が足りない。
「それに」
ルーニーの胸を、正しさがちくりと刺した。
だが、言わなければならない。
人間らしくある為に、人間性を捨てる必要があった。
「それに、別にあの男が助からなくてもいいんだよ。必死で健気なぼくらが噂になればいいんだから」
「むしろ、死んでいてくれた方がいい。その方が新聞は売れるよ」
ベルッティが一瞬で納得した。
警戒心すら薄まっている。
「なるほど、考えたな」
「見つかるかわからないゼゲルの過去より、目の前の金か」
そういうことだ。
さぁ、行こう。
落ちている金を拾いに行こう。
ルーニーとベルッティは崩れた家へと駆け出す。
瓦礫をかき分けながら、必死に生存者を探す。
ルーニーが「なぜ誰も助けないのか!」と正義を叫び、ベルッティが「せっかく彼は自由になったのに、神様これじゃあんまりです!」と泣く。
一体何事かと集まった人が人垣を作ると、その中でも勇気ある者たちが「子供が必死になってんのに大人の俺が黙っていてたまるか」と走り出す。
熱気は伝染し、人々に広がっていく。
もはや、自由民も奴隷も関係なかった。
とにかく力があり、正義に燃える者達があちこちからやってきて、瓦礫をよけた。
騒ぎを聞きつけた聖堂騎士団が人垣を整理し、怪我人を教会へ運んでいく。
後からやってきたリズは「うむ、完全に正義だ」と鼻息を荒くしていた。
最後まで瓦礫と戦っていたルーニーとベルッティは息も絶え絶えになって、座り込む。これから帝都を走り回るなんて無理だ。家に帰るのがやっとだろう。
「な、なんか。わけわかんねえことになったな」
「ああ、でも。よかった。きっとこれで」
これで、なんだろう。
なんなんだろうな。これは。
ルーニーはその日、何かを失い。
代わりに別の何かを守り通したのだ。
「ベルッティ。帰りに一緒に風呂でも入ろう。もうぼくは疲れたよ」
「なっ、おま……何言って」
「何って、別にいいだろ。男同士なんだし」
何も気づかぬルーニーにベルッティが顔を赤らめる。
どうやらルーニーはベルッティが女だと気づいていないらしい。
「知るか、ばーか」
この高層住宅倒壊事件の噂は瞬く間に広がり。
新聞は飛ぶように売れた。