テラーノベル
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当初の望み通り、布団の上で寝転がりながら他愛のない話をして、そのまま「おやすみ」と言い交わして、眠りについた。
頃合いを見計らって、寝たふりをしていた瑞基はそっと起き上がった。隣の布団で寝ている由良の眠りの深さを確認するため、手を取って指に口づけてみる。起きない。
「……行ってきます」
誰にも気付かれぬよう、静かに家を出た。
ランタンを片手に、瑞基は指定された場所まで来た。夜に見る鳥居の岩は、昼間の雰囲気とは違って、かなり物々しかった。
「こっちよ」
呼ぶ声がして、灯りでぐるっと照らすと、五~六人の人影があるようだ。
人魚姫の絵本のワンシーンを思い出した。
人魚姫の姉達が、短剣を渡して、これで王子を刺せと告げる場面だ。
(……今思い浮かべたらいけないやつ)
「あら、なかなか見目麗しい若者じゃない」
「ゆらが、あのこに付いて行きたい、って言った時には、何でこんな普通のガキに、って思ったけど 」
「イケメンイケメン」
人魚達は夜目が効くのか、瑞基の外見のことをあれこれ囁きあっている。幻想的な雰囲気にそぐわず、随分言いたい放題に品定めされているようだ。
聴こえなかったことにして、深々とお辞儀をする。
「あ、どうも。俺、由良とお付き合いさせて頂いてる、上村瑞基です」
「……」
ざわついていた一同が、静まり返った。
「……どうして」
「えっ」
ようやく、こちらからも顔が見える位置に一人近付いてきた。今朝声を掛けてきたひとだ。何故か驚愕の表情をしている。
「どうして普通に喋れるの?わたし、夢うつつのままでここに彷徨い来るくらいの強い暗示をかけたつもりだったのに」
だいぶ物騒なことを言っている。
あえて軽い感じに即答した。
「そんなの。俺は既に由良に心を奪われてるんだから、他の人に心を操られるなんて有り得ません」
本当は、何度か意識がこの鳥居に向いてしまったことがあった。でもその度に由良に触れれば元に戻れた。最終的に、キスで頭の中の靄を完全に払うことが出来たわけだ。
あの時の、頬を桜色に染めて俯く由良の可憐さと比べたら、目の前の妖艶な美女など、もはやただの背景に見えてくる。
「で、話というのは何でしょう」
わざわざ、由良の姉の方から声をかけてくれたのだから、大事な話があるのだろう。
まさか、夢うつつの状態の瑞基を誘い出して魂を奪うのが目的、という訳ではないだろう、と信じたい。
顔に笑みを貼り付けて、答えを待つ。
「あのこ、身体が弱いでしょう」
気を取り直したように、人魚は話し始めた。
「ニンゲンの魂を食べたことがないからよ。
このまま、陸の上で生きていれば、ニンゲンと同じくらい……いいえ、ニンゲンよりも早く死ぬ。わたしたちの可愛い可愛い妹が」
恨みのこもった暗い瞳が瑞基を睨んだ。
別の人魚が、続けて波の中から口々に言う。
「わたしたちは、ニンゲンの魂を喰らって、その分いのちを貰って長く生きることが出来るの」
「三百年も生きたひともいたわ」
「とても、美味しいの。ゆらだって、一度食べたらわかるはず 」
――赤い唇。
ランタンの灯り程度では、海面から顔だけ出している人魚達の色味など見分けることなど出来ない。
でも、きっとみんな赤い唇をしている。
人の魂を喰らって生きる、人ならざる者たちだから。
そこに境界線があったのだろう。
魂の味など知らないから、純粋に、溺れかけた瑞基を助けて、一途に好きになってくれた由良。
だからこそ、たった一度の微笑みに恋に落ちた。
「生き餌に、なってもらいたいの」
赤い唇の両端を吊り上げて、人魚が瑞基に腕を伸ばしてきた。
「ゆらのことを考えれば、私たちの所に戻って来た方がいいと思うでしょう?」
「思わない!」
突然、後ろから聞き慣れた声がした。
華奢な影が現れて、庇うように瑞基の横に並んだ。凛とした姿は、月の光を集めて輝いているように見えた。
「ゆら!」
「由良、どうしてここが……」
「忘れたのか?」
自らの鎖骨あたりを人差し指でとんとん、と示す。
「瑞基の匂いを辿って来た」
「ああ……」
キスマークを付けただけだと思っていた。
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また、色気のある行動ではなかった訳だ。
「同じくらいで寿命が来るなら、願ったり叶ったりだ。母さんも、父さんが死んだら真夏に父さんの墓の前で融けて消えるつもりだって言ってたし」
(雪江さん、何だかんだ暁斗さんのこと愛してるんだな……融けて消えるなんて…ん?雪江さんて融けるの?)
緊迫した場面なのに、さらっと気になる発言が出てきた。聞き返したい気持ちを、頭を振って追い払う。
「ここを出るときは、あんまり子供で、はっきりと理由をまとめて言えなかった。だから今、改めて言うよ」
由良が、瑞基の手をぎゅっと握って、自分の姉達を見回した。
「もう、海には戻らない」
コメント
1件
わあ、この第15話、すごく良かったです……! 瑞基が「由良に心を奪われてるから操られない」って言い放つ場面、かっこよすぎて声が出そうになりました。由良もキスマークの匂いを辿って駆けつけるなんて、お互いを想う気持ちが尊いです。「海には戻らない」って宣言する由良の強さにじーんとしました。雪江さんの「融けて消える」発言も気になって続きが読みたいです!