第1話『秘密の魔法、日常の影』
朝のまぶしい、心地よい光が、薄いカーテン越しに柔らかく差し込む。 紫流 月渚(しえる るな)は、まぶしさに目を細めながらベッドでゆっくりと伸びをする。布団の感触、まだ少しひんやりした空気、そして隣の部屋から聞こえてくる碧唯 カイの眠そうな声――それらが、いつもの平凡な生活でありながらどこか特別な感じがする。そんな朝を告げていた。
「おはよう、カイ、もう起きてる?」
月渚の小さな声に、カイはかすれた小さな声で答える。
「うーん…まだ寝てたいけど…ルナも起きてるなら、仕方ないか」
さらに隣の部屋では、咲良 朔南(さくら さな)がバタバタと大きな足音を立てながら、朝の支度をしている。きっと昨日、ちゃんと学校の準備をしないでゲームをしていたのだろう。寝ぼけて、靴下を左右逆に履きそうになったり、鏡の前で髪を整えながら小さく呟いたり。3人は同じマンションに住んでおり、毎朝一緒に登校するのが日課になっていた。楽しい生活だ。
月渚は布団から体を起こし、手元の小さなノートに目を落とす。そこには、今日の予定と注意事項がびっしり書かれていた。
「魔法を使うときは人目に注意」
「通学路の公園の噴水は今日も警戒」
「カイの闇中光魔法をどこで使うか事前に相談」――
一つひとつ確認するだけで、胸が少し高鳴る。どうしてかはわからない。 テーブルには昨日の残りのパンと、カイがこっそり買ってきたチョコレートが並ぶ。月渚は軽く微笑む。
「今日も学校で魔法がバレないように気をつけようね」 .
朔南は肩をすくめる。
「この前の騒ぎはさ、もうあんなの二度と繰り返したくないよなぁって思う。」
「俺は慣れたけどな」 カイは眠そうに笑う。
月渚はその笑顔に安心感を覚えつつも、胸の奥に小さな不安がくすぶる。
(心配だな…)
(でも、きっと。きっと大丈夫…)
無意識に考えていた。そんなことを。
朝食を終え、3人はマンションの外に出た。 通学路の町は、朝の光で静かに輝く。多くの自転車が行き交い、パン屋の香ばしい朝の香りが漂い、通学途中の学生たちの声が人ごみに混ざり合う。植え込みには、小鳥が羽を休め、光を反射する窓ガラスには町の景色が映る。だが、月渚は景色を楽しむ一方で、常に周囲の変化に敏感になっていた。
(今日も、何事もなく過ぎてくれるだろうか…)
小さな胸の奥で、ドキドキが高まる。魔法を使う緊張、失敗したらどうなるかという不安、仲間たちと秘密を守る責任感――それらが複雑に絡み合って、月渚の心を重くする。
「ばれたら大変… プレッシャーが重たすぎる…」
公園の噴水に差し掛かると、いつもと違う光景が起こったように感じた。
水面が不自然に揺れ、虹色の光がちらちらと瞬く。 それはとてもきれいで、ずっと見ていたいって思ってしまうほどに。
「…ん?」
月渚は足を止める。
「どうしたの…」
「魔法の… 跡みたいなのが…ある。」
「見間違いじゃない?」
朔南は肩をすくめるが、カイは眉をひそめた。
「いや、確かに…誰か魔法を使った形跡がある」
「街中で…か 気を付けないと…」
町で魔法の痕跡を見つけることは危険だ。3人は無言で目を合わせ、すぐに行動に移る。
「月渚、そっちからカバーして」
「わかった!」
「僕は…下から光を抑える」
カイの闇中光魔法が周囲の光を吸い込み、虹色の揺れを目立たなくする。朔南も単独魔法で通行人の視線を逸らす。 水面は徐々に落ち着き、噴水は元通りに見えた。通行人は何も気づかない。
「ふぅ…危なかった」
月渚が胸を撫で下ろすと、カイも朔南も小さく笑った。
その時、公園の端から声が聞こえる。
「君たち…今の見てたよ」
「危ないですよ。 本当… もう少し警戒してほしいよ。」
振り向くと、そこにはユキ・ルカが立っていた。魔法調査隊の学生だ。 ユキ・ルカは同じ高校の友達… と言うか情報提供者なのである。
「…え?」
時が止まった気がした。 3人の心臓が止まるかと思った。魔法がバレたのか。
その時、ユキとルカのことを、私たちのことを焦ってしまったせいで、知らない人たちだと勘違いしていたのだ。
「まあ、心配しなくてもいい。私たちの味方だから」
ユキ・ルカは微笑む。その視線は冷静で、確かな観察眼を持つ。
実際、昔からこういう人たちだった。 裏切られる… なんてことはないが、昔は一応の敵だったらしい。 私はでも詳しくはない。
「でも、いつ人が見てるかはわかりません。私たちも実際、完璧に魔法の痕跡を消しているので、貴方たちにもできるはずです。」
「あっ… わかった!」
(月渚は気を引き締める。これからも秘密を守り続けなければならない…)
学校に着くと、普通の一日が始まった。教室の窓から差し込む光は暖かく、友達の笑い声が教室に満ちる。授業中も机の下で手を握るだけで緊張が走って、まともに授業を受けれないなんてこともある。校庭の片隅では昨日の魔法の影響がわずかに残っていた。風に揺れる木の葉が光を反射して微かに光っている。本当に人間が魔力を感じ取ることができるのかはわからないが、光は見えているということが分かっている。 魔法がばれるのが怖くてこっちの学校に来ても、結局は同じなのだった。 授業中、月渚はノートにペンを走らせながらも、周囲の生徒や黒板、先生の仕草を観察する。昔からよく周りを見てしまう癖があった。光が机に反射し、微かに揺れる影。魔法を使うには、こうした日常のちょっとした「隙間」を読むことが大切だ。
昼休み、屋上に集まった3人は作戦会議を開く。
「この町で魔法の痕跡を完全に消すのは、やっぱり難しいね」
「どうすれば実際完璧にできるんだよ…」
「ユキとルカは何やったらあんなのできるのかな…」
「でも、私たちなら何とかできる」
「どうにか頑張ろう…」 月渚の言葉に、2人は小さく笑みを返す。
屋上の影から、見知らぬ人物の視線を感じる。
「誰…?」
月渚の胸がざわつく。暗い瞳の中に、微かに闇の気配。
(…何かが、始まろうとしている)
(私はユキとルカのように、そこまですごいことができるわけではない。)
(だから、感じ取れる情報が少ないのだ。)
(でも、はっきりわかる。 これは、重たい空気が流れてくる感覚…)
(何故だろう…)
放課後、帰り道。マンションに戻る3人は、軽く疲れた足を引きずりながらも笑い合う。
「今日も無事だったね」
「うん、でも…何か見られてた気がする」
「そうだよね…」
カイの呟きに、月渚も朔南も少しだけ身構える。
マンションに戻ると、ドアを開けた瞬間に部屋の匂いや空気が3人を包む。布団やテーブル、観葉植物の緑、昨日の夜の余韻。彼らは玄関で靴を脱ぎ、手洗いをし、部屋に足を踏み入れる。ソファに座って一息つき、窓の外に広がる街灯の光や夕焼けの色を眺める。 月渚は深く息をつき、カイと朔南もそれぞれの場所で肩の力を抜く。
「疲れたね…でも、こうやって帰ってこられると安心する」
朔南が微笑む。だが、すぐに真剣な顔になる。
「でも、今頃、天界と魔界と、それに、夢想境は大変なことになっているみたいね…」
夜、月渚は窓の外を見ながら小さな決意を胸に秘める。
(これからも、ずっと…私たちは秘密を守っていかなければいけないんだ。)
夜の街灯がスポットライトの様に3人の影を長く伸ばす。光と闇の交錯する、平凡で少し不思議な日常――それが、彼らの物語の始まりだった。
次回 第2話『校庭に潜む影』
お楽しみに!
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