「社長、どうでした?」
祖父に殺されているのではと心配していたらしい夏菜が勢い込んで訊いてくる。
「うん。
お前と結婚することになった」
「……何故ですか」
「さあ?
俺にもよく……
なにかに操られているかのように承諾してしまったんだ」
とぼんやり返事をすると、
「……祟りですかね?」
と小首を傾げながら、夏菜は言ってきた。
なにかこう、まったりと結婚が決まろうとしている……と庭先で洗濯物を干しながら、雪丸は後ろを振り返っていた。
天気の良い日中は縁側のガラス戸が開いたままなので、夏菜たちの話も雪丸たちに丸聞こえだった。
すぐ近くで、切り株型の椅子に腰掛け、斧の手入れをしていた銀次にも。
「お前と結婚しろとお前のおじいさんに言われた。
いや、俺は断ったんだが」
庭先でそんな言い訳を有生はしたが。
断りましたか? という目で雪丸と通りかかった加藤が見る。
「断りましたか? ほんとうに?」
と声に出して訊いてきたのは、斧を手にした銀次だった。
その今にも襲いかかってきそうな斧はなんだっ、と内心思っていたが、夏菜の手前、表情にも出せない。
「社長は断ったんじゃないんですか?
そして、押しつけられたんですよ、お宅のお嬢様を」
と言う声が広い庭の端の方からした。
ドライバーの制帽を被った黒木がいつの間にか立っていた。
相変わらず、目が据わっている。
「……黒木さん、しゃべることあるんですね」
と夏菜が間の抜けたことを言っているのは、まあ、放っておいて、マフィア対SP――
いや、実際のところ、どちらも用心棒のようなのだが。
――はお互いの間合いを見極めながら、ゆっくり、すり足で動いていく。
「莫迦言っちゃいけねえな。
うちのお嬢を押し付けられるとか。
あんたんとこの主人が三つ指ついて頭を下げて、平身低頭尽くしますので、お嬢さんをくださいとか言わなきゃいけねえところだろうがっ」
「私を拾ってくださった若に対して、その物言い。
許せるものではないな」
「黒木……」
初めて聞いた黒木からの感謝の言葉に有生は胸を熱くしながらも、パーティにいく時間が迫っているのに気づいていた。
だが、二人はまだ円を描くように間合いを取りながら揉めている。
「あの、黒木、時間が……」
「銀次さん、私、そろそろ行かないといけないので」
夏菜も銀次を止めようとしてくれたが。
二人は間合いをとって動いているうちに、お互いの力の程がわかったらしく。
好敵手を見つけたとばかりに目を輝かせている。
「……珍しく黒木が楽しそうなんで、置いてくか」
俺が運転する、と有生が言うと、
「あ、じゃあ、僕が運転しますよ」
と機嫌よく雪丸が言ってきた。
「……お前、運転できるのか?」
「意外にも上手いんですよ、僕」
と言うので、ほう、と聞いていたが。
「この間のチャンピオンレースのときなんて」
「待て」
と思わず、有生は止めていた。
「そっち方面に上手い奴は却下だ。
会社のドライバーは安全一番……」
「黒木さーん、車の鍵開いてますか~?」
「待てこらっ。
人の話を聞けーっ」
なんでしょう。
ドライバーが誰になるかで揉めて、私の結婚話は宙ぶらりんのままなんですが……、と思いながら、夏菜は有生と一緒に後部座席に乗っていた。
有生はまだ、
「雪丸、やっぱり俺が替わろう」
と往生際悪く夏菜の隣で言っている。
「いえいえ、社長に運転させるなんて。
夏菜お嬢様の旦那様になる人ですしねー」
と雪丸は機嫌よく運転していたが。
だが、雪丸の一般道での走りは、かなり丁寧だった。
「雪丸さん、運転上手いですね」
と夏菜が言うと、
「そうでしょう?
いや、優秀なレーサーは一般道でも優秀なんですよ」
と自分で言って笑っている。
ホッとしたらしい有生がチラとこちらを見た。
雪丸の騒動が収まったので、ようやくさっきの結婚話が気になり出したらしい。
「……本当のところ、なにかに操られるように、お前との結婚話を受けてしまっていたんだ」
有生は前を見たまま、そんなことを白状してくる。
「どうも先祖の因縁というのが、許嫁をとったとらないという話だったらしいから、先祖の因縁と怨念で、お前と結婚するよう、瞬間的に祟られたのかもしれない」
いや、祟られてるの、こっちなんですけど……。
「あの、因縁と怨念はいいんですけど。
社長は私のことをどう思ってらっしゃるんですか?」
有生は沈黙した。
だが、此処で引いては、と思った夏菜は、じっと有生を見つめてみる。
「……わからない」
と有生は白状した。
「確かにお前と結婚するかと言われたとき、嫌ではなかった気がする。
でも、好きかと問われたらわからない。
お前を離したくないような気もするが……」
そんな言葉に、どきりとしたとき、有生は真面目に悩みながら言ってきた。
「なんというか……
猛獣を飼い慣らしたい気持ちに似ている気もする」
「この縁談、却下です」
と夏菜は即行、言っていた。
内輪のパーティとい言うわりには派手だ、と思いながら、夏菜は有生に連れられ、機械的に挨拶して回っていた。
「新しい秘書の藤原夏菜です」
と言われ、
「はじめまして。
よろしくお願いします」
と頭を下げる。
「ぐるっと一周したら、庭に出るフリして帰ろう。
疲れただろうから、なにか美味いものでも食べに行くか」
と有生が囁いてくれる。
レストランを貸し切ってのパーティのようだったが。
レストランというより、小さなホテルかな、という感じの店構えだった。
庭も素敵だ、と有生が誰かと話し込んでいるので、夏菜は美しい翡翠色のカクテルを手に窓際に行く。
すると、
「こんにちは」
と誰かが話しかけてきた。
「こんにちは、広田雅道です。
有生の秘書の人だよね?」
普通の白っぽいスーツを着ているのだが、なんだかわからないが、洒落めかしているように見える男だった。
整った綺麗な顔をしているが、ちょっと胡散臭い感じがする。
「あ、はい」
と言ったあとで気づいた。
待てよ。
広田って何処かで聞いたな……。
「あっ、雪丸さんのおねえさん騙した人」
と思わず、口に出して言ってしまっていた。
「あ~、雪丸定子さんねー。
綺麗な人だったなー。
いや、別に騙してはないんだけどね。
ちょっと有生の名前を騙っただけで。
すぐには結婚とかできないから、僕が遊び疲れて気が済むまで待っててくれる? って言ったら、騙されたーって」
いや、それは騙されたって思いますよね……。
っていうか、最初から結婚する気なかったから、社長の名前を騙ったんですよね?
と思っていると、雅道は、
「そういえば、この間、定子さんに似た綺麗な顔の大学生くらいの男の子がやってきて、僕をじいっと見つめて帰ってったけど、なんだったのかな、あれ」
と呑気に言い出した。
いや、その人は貴方を殺しに来た人ですよ……。
なにもできずに帰ってきたという雪丸の言葉を夏菜が思い出していると、慌てた感じに有生がやってきた。
「なんでいるんだ、広田っ。
帰れっ」
「なんでだよ、今来たんだ」
「帰れ」
「今来たんだ」
とふたりは言い合っているが、なんだかんだで息が合っている。
二人の揉める声を聞きながら、美味しそうなシュリンプカクテルを眺めていると、雅道がふいに、
「なんだ。
もしかして、この子、秘書じゃなくて、彼女?」
と言い出した。
有生は沈黙する。
「へー、お前でも女と付き合ったりするのか」
と雅道が笑ったので、思わず、
……男と付き合うことはあるのだろうかと思ってしまったが、おそらく、そういう意味ではないのだろう。
そのあと、また二人で揉め始めたので、夏菜は庭先にあるデザートの並んだテーブルを眺めに行った。
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