テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
56,210
「康二、それ一口ちょうだい?」
「あいよー、十億万円な~」
「もうっ!そんな事ばっか言ってぇ。本当は康二優しいの知ってんだから。あー…」
「全く、阿部ちゃんには敵わんわ。…美味いか?」
「うんっ、美味しい!ありがとね」
「おん、次はもうちょい早く言い。後一口で終わりやねんから」
「ふふふ」
「…………」
メンバー内でのお決まりな光景を離れた位置から眺める、いや、見据える目黒。じっと動かず・口を開かずに何かを感じ取り、残りの面子は近寄らない。ちょっと憐れな視線を向ける者も居る。
「…よし。今夜…」
呟き拳を握る目黒の双眸には、決意の炎が灯っている。何処からか深い溜息が聞こえた。
現在地、目黒自宅。現在時刻、もうすぐ22時。夕食も入浴も済み、いわゆる眠るまでの寛ぎタイム。目黒はソファで決意の品を手に、今か今かと唯一人を待ち侘びていた。 帰宅途中マネージャーに無理を言い寄って貰った、有名洋菓子店のプリンを握り締め。その数は一つっきり。マネージャーも店側も大分困惑しただろうが、そこまで気にしている余裕はない。何しろ目黒にとって最大級の幸福が掛かっているのだから。
「お風呂いただきましたー…あぁ、さっぱりした」
──……来た。
ホコホコの湯上がり頬をタオルで拭きながら姿を現した人、阿部。目黒の可愛い可愛い想い人。距離が縮まるにつれ、シャンプーと阿部の香りが混じった匂いが室内に漂う。
──凄ぇ美味しそう、食べたい。…違う、今食べるのは阿部ちゃんじゃない。
真面目面で不埒な妄想をしているとは露とも知らず、阿部がソファ前を通り掛かる。プリンに目が止まったか歩みを留めた、可愛く丸めた瞳で目黒の手をじっと見詰める。
「…プリン?珍しいね、めめが寝る前に食べるの」
──…掛かった…!
喜びで歪みそうになる口を寸でで抑え、努めて平常を装い一芝居打つ。
「うん、無性に甘いものが食べたくなってさ。後で歯はちゃんと磨くよ」
「ふぅん」
──ふぅん?……え、それだけ……。
期待に反した短過ぎる返答を心中でオウム返し、目黒は呆気なく立ち去る背中を見開いた目で追うしかなかった。
それから数分後。プリンと対峙し一人ぼっちの反省会を行う目黒。掴みは完璧だった筈、じゃあ何が、絶対掴みは…堂々巡りを何周かし漸く答えに行き着く。
──確か康二は〝後一口〟って言ってた。そうか、食べ掛けじゃないと駄目なんだ。阿部ちゃん、気遣っちゃう人だもんな…。
ツッコミ不在の中、顔を輝かせた目黒は急いでプリンをかっ込んだ。味わっている暇もなく。
あれからどれぐらい時間が経ったか。スプーン二口分残したガラスの器を握り、待ち惚けを食らう目黒の忍耐は限界に近かった。
──多分明日の準備してるんだろうけど、ちょっと放ったらかし過ぎじゃない?寝るまでのプラン色々練ってたのにな…。アレと、アレと。あ、アレも…。
キィ。
色めいた自分の世界に陥る目黒の耳に扉の音は届かない。押し黙り手の中と睨めっこをする違和感ありまくりの気配に気付き、阿部が小首を傾げソファへ近付く。と、声を掛けようと開いた唇を静かに微笑みで結んだ。ガラスの器には中途半端に残ったプリン。特段聡くなくても直ぐに分かる、何をしたかったのかバレバレだ。
──…本当に、可愛いんだから。
そろ~っと足を忍ばせソファの裏側へ回り込み、目黒の耳元に顔を寄せる。
「ねぇめめ、それ一口ちょうだい?」
……ビクンっ!
囁きは覿面。目黒が跳ねて現へ戻って来た。驚愕の瞬きもじきで、蕩け切った笑顔を浮かべる。ふにぁんと綻び返す阿部の鼻先へ口付けた。
「待ちくたびれちゃったよ、お姫様。ほら、可愛い口開けて…あーん」
「んっ…、…甘ぁい。美味しい」
「でしょ?美味しいって有名なんだって」
「こんな美味しいの初めて食べたかも。…はい、今度はめめね」
「あ~…」
阿部がスプーンに乗ったプリンを頬張る。笑う。受け取った器から丁度一口分掬い、差し出された目黒も頬張る。笑う。
そんな、何でもない一日。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!