「間抜けな声、二度も聞かしてンじゃねぇよクソ人間」
紙?髪?神!?己の聴覚を信じるなら確かにこの男は今、神と名乗った。息をするように罵倒を吐いている、見た目からするとまだ十代半ばにも思えるこの男がだ。だが確かに眼の前の男は宙を漂い、異様に光る赤い目でこちらを睨んでいる。
「あ、つーか人間。いま何年だ?」
袴田が必死に思考を回していると、神(自称)が不機嫌そうに問いかけた。戸惑いつつも、袴田は答えた。
「今は一応2025年だが…」
「ちっ…あの野郎、75年の遅刻じゃねぇか…!300年丁寧に待ってやったってのに、クソ野郎が」
300年?300年といったか?明らかに人間の生きる時間をはるかに凌駕した年月に先ほど言っていた神という言葉が、袴田の脳裏をかすめる。いやもしかしたら聞き間違いかも、と淡い期待を胸に袴田は聞き返した。
「すまない。よく分からなかったのだが、君は今さっき、神だと言ったか?」
「あ゙?ボケが来たかよ。しっかり聞こえてンなら一発で理解しろや」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。もしかしたら何にも巻き込まれず仕事に戻れるのでは、という袴田の淡い希望が音を立てて崩れ落ちていった。
こうなってしまえばもうヤケだ。どうせ今日は顔合わせだけの予定だったのだし、後で断りと詫びの連絡を入れておけばいいだろう。そう考えた袴田は、日常に戻ることを半ば諦めながら神(自称)に問うた。
「もし、もし本当に君が神だったとしよう」
「あ?もしってなんだ。俺ぁ神だわ」
神はなおも粗暴な口調で、堂々と告げる。神とはこんなに横柄な態度であったろうか?実際に会ったことのない袴田にはわからないが少なくともこんなんではないはずだ。と袴田は思いたかった。
「もし君が神であるならば、なぜ私に君が見えるんだ?」
神と聞かされて色々と聞きたいことや言いたいことはあったが、袴田が一番に感じた違和感はそれであった。
なにしろ袴田は霊感というと少し違うかもしれないが、そういった類の勘が全く働かない体質であった。その鈍さは、出ると言われているホテルで他の全員がおかしな気配を感じギャン泣きしていたのに、隣室でぐーすかねこけていたほどだ。余談だが、朝食の際袴田は同じ場所に泊まっていたメンバーにお前なんでそんな肌艶がいいんだとげっそりした顔で睨まれていた。
ともかく、そういった勘が働かない袴田はこれまで人ならざるものの姿を目に映すことはおろか、心霊現象にすら立ち会ったことがなかった。そんな折、目の前に突然現れた男にこれまた突然神だと名乗られて、誰が納得できようか。それともある日突然見えるようになるのが普通なのだろうか。袴田が純粋な疑問をぶつけると、神は面倒くさそうに眉根を寄せて言った。
「しらね。つか、 てめぇこれまでいろいろ見てきてンだろ。格がちげぇだけで同じようなもんだ、慣れろや」
投げやりな返答に若干の困惑と苛立ちを感じつつも、袴田は冷静に切り返した。
「いや。どうも私はそういった力や勘が備わっていないようでね。生まれてこのかた生きているもの以外を見たり、気配を感じたりしたことはなかったよ」
それを聞いた神は一瞬目を見開き、驚いたような顔をした。そしてな一瞬だけ、怒りとも悲しみともつかぬ顔をした、気がした。が、次の瞬間にはまたしかめっ面に戻って「あっそ」とつまらなそうにつぶやいた。
「本当に、今までなんにも感じたことはねぇのか?」
「あぁ。鈍くて悪かったな」
袴田がきっぱりと言い切ると、神は顔をグシャリと歪ませ吐き捨てた。
「なるほど…道理で何処かちげぇと思ったわクソが」
尊大な態度をとっていた神が、初めて見せた表情に袴田は少し動揺した。そしてその動揺は、神の表情によるものだけではなかった。ここにきてから幾度となく感じていた懐かしさ、それを神の表情に感じたのだ。何処かで見たことがあるような顔。袴田の脳裏に色褪せた映像が流れた。
誰かの目線で流れるその映像は、一回りほど小さな金髪の少年に 駆け寄り大丈夫だとでもいうように頭を撫でるというもの。そして、その少年がこちらを見て何かを言うと思った瞬間、映像がぶつんと途切れた。
「っ…!?」
「おい、どうした。間抜けな顔してんぞ」
突然脳裏に流れた謎の映像に目を白黒させながらも、袴田は顔を上げた。そこには先ほどの映像に出てきた少年と同じ顔をした神が、元のふてぶてしい表情に戻って袴田を見ていた。
「君は……私と、どこかであったことがあるかい?」
それを聞いた神は、先ほどよりも大きく目を見開き真っ赤な目で袴田を見つめた。その威圧に、もしやおかしなことを言ったのではと咄嗟に口を開く。
「いや、先ほど君によく似た子供を撫でてやる映像が頭に浮かんでね」
「ここに来てから少し懐かしさを感じていたんだ。もしやどこかであったことがあるのでは、と」
それを聞いた神は、しばらくぽかんとしていたがしばらくして小さく笑いはじめた。だんだん笑い声が大きくなり、何が面白かったのかあとはもう大爆笑だ。
「グッ…クハっ!ハハハハッ!アハハハ!」
「おい、私からしたらあまり笑い事ととれる事態じゃないんだが…君本当に神か?」
不貞腐れたように袴田が文句をつけると、さらに高らかに笑いながら神は言った。
「いやいやっハハッなるほどと、グフッ思って…ブハッ!ハハハハッ!!」
なおもヒィヒィと笑い続ける神に少し苛立ちながら袴田は問いかける。
「なるほど、ということは何かわかったんだね?教えてくれ…いつまで笑ってるんだ君は」
袴田の問いかけを聞いて、笑いの余韻に浸っていた神は息を落ち着けつつ尊大に言い放った。
「ふぅ…笑った笑った。よしいいだろう。散々楽しませて貰った礼に教えてやらんこともねぇ」
目の端の涙を拭いながら先ほどとは打って変わって楽しそうな声音で話し始める。
「さっきてめぇは自分にそういった力がねぇと言ったが、それは一部間違ってたってことだ」
異常に端的な説明に、袴田は大きくため息をついた。
「まったく意味が分からない。詳しく話してくれないか?神なら神らしく情をかけてくれ」
「…てめぇも人のこと言えねぇ物言いしてンじゃねぇか。神相手だぞ、もっと弁えろや」
どうやら機嫌がいいらしい神は、ふてくされたような口調とは裏腹に楽しそうな顔をして説明を始めた。
「まァてめぇにも一応力の鱗片があったってことだな。そいつは普段全く力を発揮しなかったらしいが、ここに来てから不思議な感覚を覚えるようになり、俺が視えるようになった」
「つまりてめぇの力の引き金になってんのはこの場所だ。てめぇに俺が視えるようになったンはこの場所とてめぇの中にある力が影響しあった結果、力が目覚めたってこったな。そしててめぇの見た映像は、力の中にあった記憶。これまで力が機能してこなかったンは、この場所に来てなかったからだ。まァいわゆるホームシックってやつだな…プククッ」
要約されてもなお理解しがたい現状とその説明に、袴田は小さくため息をついた。いろいろ話してもらったが袴田に分かったことといえば、自分の力とやらのぼんやりとした概要、そしてこの神とやらがずいぶんと横柄な生き物であるということだけだ。 思考が追いつかず置いていかれている袴田を尻目に、神は話し続ける。
「そして影響しあって目覚めた膨大な力の籠もった願いが、俺のところまで届いたから俺が晴れて自由の身になったってわけだ」
「急にヒビが入ってでられたと思ったら、そういうことかよ」
謎が解けたとスッキリしている神の発言に、ふと違和感を感じ袴田は尋ねた。否、尋ねようとした。
「待て。自由の身とは一体どういう「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!?!?!」
そして袴田の声は、少し高い叫び声に遮られた。声のした方を向くと、緑色の髪をした神主らしき格好の青年が目と口をかっぴらき震えていた。そして小さく、しかし興奮気味にはっきりとつぶやいた。
「ば、バクゴー様が出てきちゃった…! 」
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