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昼すぎ、
スマホが震えた。
「すごく、会いたいんだけど
今日は遅くなりそうなの?」
画面の文字が、
やわらかく感じた。
私は少し考えてから、
返事を打つ。
「今日は、
会社の人と飲み会があるんだ」
送信。
すぐに既読がつく。
「そっか。
すごっく、ギュッてしたいんだけどな」
胸の奥が、
ふっと軽くなる。
「わたしも〜されたい」
送って、
小さく息を吐いた。
いつもの午後。
キーボードの音。
誰かの咳。
その中で、
昨日の夜のことが
遠ざかっていく。
――やっぱり、
夢だったのかもしれない。
そう思えると、
楽だった。
夜。
グラスを持つ指先が、
少し熱い。
笑い声に合わせて、
口角を上げる。
楽しい、
はずだった。
店を出ると、
空気が急に変わる。
頬に当たる冷たさが、
遅れて、
身体の奥まで入ってくる。
酔いが、
一段落ちる。
歩くたびに、
靴底が地面を叩く音だけが
やけに大きい。
――早く、
帰ろう。
そう思った理由を、
自分でもうまく説明できないまま。
鍵を回す。
カチ。
玄関の灯り。
ポストを開ける。
広告。
請求書。
それだけ。
奥に、
細い棒が一本。
指で触れると、
ひやりとして、
反射的に手を引いた。
入れた覚えは、ない。
意味も、
わからない。
そのまま、
戻す。
部屋に入る。
靴を脱いで、
電気。
浴室。
シャワーをひねる。
水音が、
思っていたより大きい。
……んっ?
洗面台。
歯ブラシ。
いつもより、奥……?
予備の新品歯ブラシの、
箱の向き。
誰かが、
一度触った気配だけが
残っている。
胸の奥が、
ゆっくり冷えていく。
突然、
スマホが震えた。
「今日は、
ちゃんと帰れそうだよ」
彼から。
「無理しないでね」
送信。
すぐに返事。
「ありがとう。
会えるの、楽しみ」
画面を伏せる。
鏡の中の自分は、
ちゃんと笑っている。
――夢だったんだ。
そう思う方が、
楽だった。
だから、
そう思うことにした。
招待状のことを聞くまでは。