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アスガルト訓練施設・正門前
夕焼けが空を赤く染めていた。
巨大な門の前に、公太は立っている。
その先で待っていたのは牧田だった。
「公太君」
「来たか。待ってたぞ」
穏やかな笑顔。
だが、その表情はすぐに真剣なものへ変わる。
「一つだけ忠告しておく」
牧田は静かに言った。
「ここでは絶対に喧嘩をするな」
公太は眉をひそめる。
「喧嘩?」
「そうだ」
牧田は真っ直ぐ公太を見つめた。
「君がどんな過去を持っていようと関係ない」
「ここは力を振るう場所じゃない」
少し間を置く。
「力を抑える場所だ」
その言葉に公太は首を傾げた。
「なんかよく分かんねぇな……」
牧田は苦笑する。
「君にとっては戦うことより難しい試練になるかもしれない」
公太は頭をかきながら答えた。
「まぁ……」
「やってみるよ」
その返事に牧田は満足そうに頷いた。
「よし」
「まずは着替えてこい」
訓練服が手渡される。
公太はそれを受け取り、更衣室へ向かった。
更衣室
ロッカーの並ぶ室内。
公太が着替えていると、先に準備を終えていた隊員たちが視線を向けてきた。
「なんだあいつ?」
「ガキじゃねぇか」
「素人がアスガルトに来るとか冗談だろ」
聞こえるように放たれる言葉。
公太の眉がピクリと動く。
(……チッ)
胸の奥で何かが燃え上がる。
だが牧田の言葉が頭をよぎった。
――喧嘩をするな。
公太はゆっくり息を吐いた。
(我慢だ)
(俺は強くなるために来たんだ)
拳を握り締めながら、自分に言い聞かせる。
訓練初日
朝。
まだ日も昇り切らない時間から訓練が始まった。
まずは山岳訓練。
険しい山道をひたすら登る。
頂上へ辿り着いたと思えば、今度は全力で坂を駆け下りる。
そして休む間もなく持久走。
「はぁ……っ」
「はぁ……っ」
公太の呼吸はすでに限界に近かった。
(足が……重ぇ……)
喧嘩なら負ける気はしない。
ORVASでの戦闘訓練も乗り越えてきた。
だが。
純粋な体力。
基礎体力。
持久力。
そのすべてが足りていなかった。
戦闘基礎訓練に入る頃には、公太の動きは目に見えて鈍くなっていた。
「武藤!!」
教官の怒声が飛ぶ。
「遅れてるぞ!!」
「うっす……!」
返事はする。
だが身体がついていかない。
汗が流れる。
足が震える。
視界がぼやける。
その時だった。
後ろから笑い声が聞こえる。
「世界を守るんだってよ」
「この程度でか?」
「笑わせるなよ」
「幹部たちも見る目ねぇな」
その言葉が胸に突き刺さる。
(……やめろ)
呼吸が乱れる。
(やめろ……)
拳が震える。
そして。
ついに限界が訪れた。
「おい!!」
公太が振り返る。
「テメェら!!」
訓練場に怒声が響いた。
「言いたいことあるなら正面から言え!!」
空気が凍りつく。
隊員たちも動きを止めた。
その瞬間。
教官・原田が飛び出してくる。
「武藤!!」
肩を掴まれる。
「落ち着け!!」
公太の拳が震えていた。
あと少しで殴っていた。
本当にあと少しだった。
(やべぇ……)
(もう少しで……)
荒い呼吸を繰り返しながら、公太はゆっくり拳を下ろした。
原田の目を見る。
そして無言で頷いた。
訓練場の空気は最悪だった。
だが。
喧嘩にはならなかった。
それだけが救いだった。
夜・訓練所
消灯後。
静かな部屋。
公太はベッドに横たわり、天井を見上げていた。
身体中が痛い。
腕も。
脚も。
背中も。
今まで経験したことのない疲労だった。
「……くそ」
小さく呟く。
今日だけで思い知らされた。
自分は弱い。
唯我のような強さもない。
一祟のような才能もない。
焦りだけが募る。
だが。
それでも。
公太は拳を握った。
「……まだ」
「まだ終わってねぇ」
震える拳。
「俺には早ぇのかもしれねぇ」
「でも……」
ゆっくりと目を閉じる。
「絶対に変わってみせる」
その瞳の奥には、消えない炎が宿っていた。
本当の強さを知るための戦いは――
まだ始まったばかりだった。
#憑依
成瀬りん
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コメント
1件
あおいです🤍 第48話、読み終えました。 「力を振るう場所じゃない。力を抑える場所だ」――牧田さんのこの言葉、すごく胸に残りました。喧嘩っ早い公太くんが「我慢だ」って自分に言い聞かせるシーン、じんと来ましたね。周りの隊員たちの言葉にカッとなりながらも、拳を下ろせたあの一瞬が、彼の本当の成長の始まりなんだろうな…。弱さを認めながら「変わってみせる」と握る拳の熱さ、ちゃんと伝わってきました。次が気になります!