看護師さんが来てから数分が経ち、だんだん手足の感覚が戻ってくる。
軽く伸びをし、上体を起こす。
深呼吸すると、病院特有の消毒のようなよく分からんにおいが鼻腔を擽る。やっぱりこのにおいは苦手だ。
カバンの中からノートパソコンを取り出し、作業を始める。
メンバーとか社員さんには、療養中くらいはちゃんと休んでって言われてるけど、何もしないわけにはいかない。新グループのこととかもあるし。
指先は……、うん、ちゃんと動く。
キーボードに手をかけ、手術中に溜まった連絡に一つずつ返信をしていく。
「起きて早々、仕事?w」
「ッ!?!?」
集中しすぎていて気づかなかったのか、いつの間にかまろが俺の横に立っていた。
「おはよ、ないこ」
驚いたときもそうだが、やっぱり声が出ないので話に対する返事が即座にできない。予想はしていたが、発声ができないのはやはり不便だ。
『おはよ』
さっき看護師さんが置いていってくれた筆談用の付箋とペンを使って会話をする。
「ないこたんお仕事大好きだね」
『することないんだもん』
俺がそう返事を書いていると、まろがパソコンをパタンと閉じた。
あっ、バカ!
と、咄嗟に声が出ないのがなんだかもどかしい。
「まろと居る間はお話しよ、な?」
『クッソ不便だけど?』
「まぁまぁ、ええやんw たまにはゆっくりお話しよ?」
そう言って、椅子に腰掛け他愛もない話を始めたまろ。
リスナーさんの惚気だったり、美味しいごはん屋さんの話だったり、上司の愚痴だったり。
俺が筆談な所為で、会話はいつもよりローペース。
でもまろは、そんな俺を急かすこともなくただ愛おしそうに俺を見つめていた。
『そんなに見つめられるとはずいんですけど』
「ん〜……w ないこたんの字愛おしいなぁーって」
『いみわからん』
「ないこたん漢字書くの面倒になってるでしょ」
『こっちのがはやい』
んはは、と笑い、再び愛おしそうに見つめてくるまろ。
なに?、と書こうとペンを紙に当てると、不意に頬を包まれ、唇に柔らかい感触がした。
青色の瞳と視線が合う。
「……っ!?」
キスされている、と理解すると急に顔が熱くなってくる。
ここ公共の場、だとか、急にキスしないでほしい、だとか、言いたいことがいっぱい出てくるが、声に出すことができない。
「んふ、声出せないからツンツンできないね?」
作戦通り、とでも言いたげにニヤニヤと笑うまろ。
クッソ腹立つ……。
「まぁツンデレなないこたんも、まろは好きだけどな」
普段なら黙れ、とか言いながら一発シバいてたはずだが、今は公共の場だし発声もできないから、軽く叩くぐらいにしておいた。
『用すんだならかえって』
「はいはい……w」
呆れた様子で、まろは変える準備を始めた。
途中で、ないこたん顔真っ赤。とか言ってくるからもう一発叩いといた。
「いれいすとか会社のことは心配せんでも平気やから、リハビリ頑張れよ」
『ありがと』
「ん、じゃ。好きやで、ないこ。」
退出直前、まろに軽く頭を撫でられた。
赤くなった顔を見られまいと背けながら手を降る。
よくそんな台詞をさらっと言えるな……
……俺も好きって言いたいのに。
普段はツンデレなくせに、いざ声が出せないとなるとそう思ってしまう。
ないものねだりなのは分かってるけど……。
『好き』
付箋の端っこにそう書いて、その付箋を剥がし取った。
コメント
1件
好きすぎる🥰😭