テラーノベル
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そこは都内の高層ビルの一室。スーツを着た者たちは画面と向き合い、真摯に職を励む。静音キーボードの微かな物音、そして……どこからともなく聞こえてくる鼻歌。
その声の主は、よほど嬉しいことでもあったのか、周りの視線には気付かない。ただ鳴らし、手を動かす。それだけを淡々と行っていた。
「よし……ッ」
久我晃一はその鼻歌と同じく、無意識でそう心の声を現実へ運んだ。その事をこれでようやく理解し、恥ずかしそうに口元を隠す。
しかし、恥ずかしさすら、もう気にならないのか。ほんの少しすれば、それを辞めて笑みを浮かべた。
カーペットの上を転がる音がする。椅子を蹴って近づいてきた女が、背後から晃一の頭を書類で叩いた。
「なーに浮かれちゃってんの」
「びっくりした……高月さんですか。てっきり、『浮かれすぎだ』って上司の方に怒られるのかとばかり……」
「はぁ……。私。君の先輩なんですけど」
高月玲奈は、大人らしく呆れるように息をつくと共に、子供のように少しだけ頬を膨らませる。その様子からもわかる通り、言葉ほど怒っても、呆れてもいないようだ。むしろ、そこからは好意を感じる。
「で、なに浮かれてんの? 仕事はしてるんでしょうね」
「それは、当然、問題、無く!」
リズムを取って、言葉を区切りながら答える。そし、晃一は椅子を転がし、横へ移動。自身のデスクを彼女が確認できるようにした。
玲奈は「どれどれー」と少し楽しそうに、マウスとキーボードを操る。
「……ちょっと、もうこんなに終わったの!?」
「はい、今日は定時帰宅ですかね」
「……君は私が帰るまで帰れないでしょ」
「……そうでしたね」
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