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「……俺、保科だよ。保科裕人」
(え……、え? 今、王様何て言った……?)
頭の上にクエスチョンマークが何個も浮かび、思考が埋め尽くされる。
「矢野さん? 大丈夫か……?」
私の両腕を掴んでいる手の力を緩め、心配そうに顔を覗き込んでくるユージーン王。
いや、ちょっと待って。
この人、本当にさっき謁見の間で会った王様と同一人物ですか?
視線で人を殺します! のような雰囲気が消え、急に会社の同僚とか学生時代の同級生みたいな親しげな雰囲気で接してこられても戸惑ってしまう。
そもそも『保科裕人』という名前の人は、私の中では1人しかいない。
私の初恋の人――。
「……ホシナヒロトトハ、アキナコウコウノホシナヒロトデショウカ」
「何でカタコト? ……けど、そうだよ。秋那高校に通ってた保科裕人」
「っ、うそ……!? ええええ……!?」
「本当だから! ほら、見ればわかるだろ」
ユージーン王が綺麗に撫でつけられていた髪を手でぐしゃぐしゃにする。それから、目元を覆うように前髪を作った。
(あ……)
その姿が、私の記憶の中の保科くんと一致する。
目つきが悪いのを気にして、前髪を長くしていた彼。
そっか、あのときの違和感はこれだったんだ。
ユージーン王の目が、何度も思い返していた保科くんの目に似ていたから。
でもそうだとしても、もう少し確信を持ちたくて問いかけた。
「2年生のとき美化委員だった……?」
「ああ。秋の中庭の掃除大変だったよな。落ち葉がすごくて」
「寒いダジャレで有名な先生は」
「タバセン! その名前、懐かしいな」
手の甲を口に当てて小さく笑う仕草。
間違いない、保科くんだ。
「そんなに答え合わせしないとわからないか? 俺はすぐにわかったのに」
「あっ、ご、ごめん。わからないっていうか、信じられなくて。……だって、ここ私たちがいた世界じゃないし」
「あー……まぁそうだよな。……っていうか、そもそも矢野さん、どうしてこんなところにいるんだ?貴族の令嬢ってどういうこと?」
「う! そ、それは……話せば長くなるんだけど……」
何から説明すればいいんだろうと考えながら、私は記憶を2週間ほど前まで戻した――。
重い体を引きずって、ようやく一人暮らしのマンションに帰ってきた私は、メイクも服もそのままに、ベッドへ倒れ込んだ。
「はああぁぁぁぁ~~……」
顔を押しつけた枕に向かって、盛大なため息をつく。
「……疲れた……」
不機嫌な上司に運悪く捕まってしまい、些細なことでぐちぐち嫌味を浴びせられるし、有休中の後輩が作った資料にミスが見つかってデータを集め直すことになるし……散々な一日だった。
だけど、それよりも私を疲弊させたのは仕事終わりの同期との飲み会――もとい、女子会。
20代後半の女が集まって話すことと言えば、彼氏のこと、結婚のこと、婚活のこと、恋とか愛とか……そんなことばっかり。
特に彼氏のいない私は、話題のターゲットになりやすくて。
「彼氏できた?……え、まだ? もう、彼氏いないの矢野さんだけだよ」
「矢野っちぼんやりしてる場合じゃないよ。早く男作らないとヤバイって」
――28歳。独身。彼氏なし。
この肩書き、そんなにヒドイ!?
自分のことじゃないからって好き勝手言いたい放題のみんなに、「そうだよね」「いい人いなくてさ」と毎回同じセリフを返すのは、正直仕事よりもしんどかった。
放っておいて、の一言が言えない私も私なのはわかっているけれど。
「はぁ」
またひとつため息をついて、ごろんと寝返りを打つ。
頭の片隅で、ファンデがついた枕カバーは洗濯だな……なんて考えながら、テーブルに放り投げていた携帯を取り上げた。
水色の手帳型携帯カバーのストラップホールからは、『ツネっぽん』のストラップがぶら下がっている。
ところどころ色があせているツネっぽんを、軽く指先でつつく。
薄目で大きく口を開けた、あくびをしているのか笑っているのかわからない、とぼけた表情のツネっぽんがぐるぐる回転しているのを見ていると、くさくさしていた心が少しだけ和んだ。
それと同時に、彼――『保科裕人』くんのことを思い出してしまう。
忘れられない、高校生のときに好きだった人。
「俺、矢野さんが好きだ」
あの日。
長めの前髪の下、緊張で力が入っているのか、
普段からきつく見られがちな目がさらに眼光鋭くなっていた保科くん。
なのに、頬ははっきりとわかるほど赤くなっていて、そんな顔もするんだとドキドキしたこと。
それから。
「……そっか。わかった。……気持ちだけでも言えてよかった。……それじゃ」
無理して笑って走り去っていく背中で、
私のと同じツネっぽんが保科くんのリュックで揺れていたこと。
そして。
このあとすぐに保科くんは転校してしまって、これが最後の会話になってしまったこと――。
(……って、ああっ……! また私、保科くんのこと考えてる)
うまくいかなかった初恋を、いまだに引きずっている私。
私が彼氏を作れない理由。
こんなの不毛だってわかってる。
あの日のまま立ち止まっていることに意味はなく、
いくら“自分のせいで”うまくいかなかったことだとはいえ、いいかげん前に進まなくてはと何度も思うのに……。
あのときの、顔を上げた瞬間の傷ついていた保科くんの顔がずっと忘れられない。
「今、何してるのかな……保科くん」
いつまでも胸の中に居座っている後悔と自責の念で、胸がぎゅっと苦しくなる。
でもまた会えたところで、保科くんと何を話せばいいのかわからない。
謝ったって過去のことだし、そもそも高校生のときに好きだった相手のことなんて忘れているかもしれない。
というか彼女がいたり、結婚だってしている可能性もある。
「はぁ~……あの日に戻ってやり直せたらなー」
そしたら――。
携帯とツネっぽんのストラップを胸の上で抱き締めて、目を閉じようとしたとき……。
フワンッ
突然、部屋の天井に魔法陣のようなものが出現した。
「えっ!? な、な、何これ……!?」
紫色の不思議な模様をした魔法陣が、私の頭の上でくるくる回りながら光っている。
(本物……!?)
起き上がって手を伸ばそうとしたら、光がどんどん強く、大きくなっていく。
(何が起こってるの……!?)
あまりに眩しくて目を閉じると、一瞬、無重力空間に放り出されたみたいに体が浮いた。
「ちょっ……!!??」
それからまた次の瞬間には、どこかに落ちていた。
……おもいっきりうつ伏せの状態で。
ドン!!!!
「キャッ……」
「ううっ、いたたた……」
(めっちゃ鼻と額打った……何? 何が起こったの?)
全身が衝撃と痛みでじんじんする中、どうにか上半身だけを起こした私は、ここがまだ自分の部屋だと疑っていなかった。
「まぁ、この方が――……」
この、自分に似た声が聞こえるまでは。
「……ん?」
(今、私しゃべってないよね?誰かいる……?)
どうか気のせいでありますように――そう願いながら、おそるおそる瞼を開いた私の視界に飛び込んできたのは、信じられないものだった。
見るからに高価そうな、アンティーク調のチェストやテーブルといった家具。
壁紙は見慣れたチープなクリーム色ではなく、黄色の薔薇が描かれたものになっていて何枚もの絵が飾ってある。
おまけに天井はとても高く、築15年の1DKよりも広い部屋。
……どう考えても自分の部屋じゃない。
(ここはどこ?)
そして、混乱の最中にいる私に絡みつく複数の視線。
そのうちの1人、映画に出てくる貴族のような服装の、恰幅がいいオジサマが一歩一歩と近づいてきて……私を見下ろして言う。
「お前が……『リタ』の身代わりになる娘だな」
「…………はい?」