パルミラから見て、最初は足の下から顔が現れたように見えていた。しかしすぐに考え直した結果、そこに人の首が落ちていると認識を改めてしまう。すると、
「………………ヒッ!?」
悲鳴を上げて腰を抜かしてしまった。
「くくくくくびびっ! くびぃっ!」
「落ち着きなさいパルミラ。埋まってるだけだから」
「ふへっ?」
ツーファンに宥められ、少し冷静さを取り戻した。改めてその場所を見ると、少し盛り上がった砂から顔だけ出したネフテリアと、横から抱き着いて寝ているアリエッタがいる。ちなみにネフテリアの顔には、パルミラによる砂の足跡がついている。
「んん……」
さすがに顔を踏まれたせいで、ネフテリアが身じろぎする。
なんとか身を起こしたパルミラが、顔についた砂を払い落としておこうと思い、ネフテリアの顔を覗き込む。
よく知っている顔を見たせいで、パルミラの思考が少しの間吹き飛んだ。そして……
「ぴっ!?」
それが誰かを理解した瞬間、弾けるように離れ、再び腰を抜かした。顔が絶望に染まり、ツーファンの足を掴んでガタガタ震えだす。
「ね、ね、ねふっ……」
「ええ、ネフテリア様ね。思いっきり踏みつけたけど大丈夫?」
もちろん大丈夫なわけがない。腰を抜かしながら自分のやらかした事を改めて知ったパルミラは、自分のこの後の運命を想像してしまい……気絶してしまった。
足を掴まれていたツーファンは、迷惑そうに手を蹴飛ばし、パルミラの体を埋める為の穴を掘り始める。
「いや別に埋めなくても……」
「なんとなくです」
地中で動けるパルミラを埋めたところで何か意味があるわけではない。完全に暇つぶしの戯れであった。
その時、騒ぎが相次いだせいか踏まれたせいか、ネフテリアが声が漏れた。
「んん……?」
「あ、テリア起きたのよ?」
「あら」
パフィとフレアが気付き、その寝起きの顔を見ようと覗き込む。
顔がくっついているアリエッタの寝顔も堪能しつつ、ネフテリアをからかってやろうと、何か声をかけようとしている。
そしてネフテリアの目が開いた。
「おはよう、テリア」
フレアから声をかけた。ずっと寝ていたネフテリアは、母親が来ている事を知らない。どんな反応をするか楽しみな2人は、そのまま観察を続ける。
まだ少し寝ぼけているネフテリアが1度2度と瞬きをして、頬に柔らかい感触を感じた。その柔らかい感触は、もちろんアリエッタのぷにっとした頬のもの。
「ん?」
そのまま気になった横を見る為にゆっくり首を横に向ける。すると、くっついているアリエッタもその動きに連動して、首の向きが変わる。
その結果、どうなるかというと……
むちゅっ
「?」(なにこの……ん?)
丁度ネフテリアの唇とアリエッタの唇が重なった。
そしてパフィがショックでフリーズした。
「あらあら。結婚式とお葬式のどっちの準備をしたらいいのかしら……」
フレアが呑気に呟くが、表情は困り笑顔で顔色が悪く、ゆっくりと後退りしている。
ネフテリアからは距離が近すぎて、何とくっついているのかがよく分かっていない。しかし唇が密着しているのは流石に良くないと、砂からそっと手を出し、目の前のやわらかい顔から離れた。
「……あっ?」
当然最初に見るのはアリエッタの寝顔。その瞬間、ネフテリアの脳裏には様々な事が思い浮かんだ。
オスルェンシスに追いかけられ、少し痛くも楽しかった城脱走。初めてのお酒に酔って、半裸で父親に擦り寄っていた事を後で聞かされた時に、部屋でゴロゴロと転がりまわった事。ミューゼとパフィが怒って城を壊した事件。ピアーニャから逃げようとして、これも教育だと精神的に追い詰められて全力で泣いた幼少期……などなど。
(あれ? なんで今、昔の事を?)
思考が正常に戻った時、横から背筋が凍る程の視線を感じ、ビクゥッと大きく身を震わせた。
恐る恐る振り向けば、冷たい視線を送るパフィとミューゼが並び、可哀想な目で見るクリムと、絶望し懺悔するフレアの姿がある。
「ごめんなさいテリア……わたくしには救う手立てがありません。せめて御婆様にあちらで優しく迎えてもらえるよう、祈っておきます……」
「死ぬ前提!? ちょっとお母様!?」
なんだか色々諦めたご様子。
慌てるネフテリアに向かって、ゆらりと近づく2人から立ち昇るのは、純粋な殺意。それを感じた周囲のシーカー達が、事の成り行きを見ていた者に状況を聞き、少し距離を置いていく。
(落ち着くのよわたくし。ちゃんと対応してやれば、2人を止められる。説得は無理だけど!)
フレアのお陰で少し冷静になったところで、ネフテリアは現状の打開策を考えた。その方法は力でねじ伏せるという単純なものだが、目がイッている2人には話が通じるとは全く思えないので、妥当ではある。
しかし殺意しか感じない目が怖くなり、一旦逃げる事にした。
(最悪ピアーニャに応援頼もう! っていうかピアーニャまだ水着着てこないの!? あの幼女早く来なさいよ!)
海の方へと走り始めながら、内心ピアーニャに毒づく。
そのピアーニャはというと、壁を壊した事で3人まとめて宿のオーナーに怒られ、部屋の掃除と部屋にある荷物の移動を、しょんぼりとしながら進めていたりする。しかしそんな事は、寝ていたネフテリアが知る由も無い。
砂浜から海にたどり着く直前、背後の魔力が膨れ上がった事に気が付いた。慌てて手に魔力を込めながら振り返ると、巨大な水の塊が跳んでくる。ミューゼの魔法である。
「うわっと!」
咄嗟に魔力を込めた手で上に弾き、再び逃げようと方向転換しようとする……が、
どむっ
「!?」
太く長い塊が直撃。そのままネフテリアを沖へと吹き飛ばした。
飛ばされながらもネフテリアは見た。乳白色の大きな鞭を振り回すパフィの姿を。
(あれってツーファンの?)
驚いたが柔らかい物だった為、ほとんど痛みは無いようだ。空中で体勢を整え、人のいない沖で着地した。
「っと、丁度浅瀬か。うーん、あれは逃がしてくれないわね」
ネフテリアが前を見ると、ミューゼとパフィが走ってくるのが見えている。
その後ろでツーファンが悲痛な顔で「私の生地!」と叫んで手を伸ばしているが、パフィには聞こえていない。
「いつものカトラリーが無いからって……」
パフィに呆れた後、周囲に人がいない事を確認した事で、ネフテリアは2人を迎え撃つ覚悟を決めた。こんな所で暴れればかなり目立つ事になるが、先日から目立っているから今更だと考えたのだ。
こうして、沢山の海水浴客がザワザワと見守る中、事故と過保護によって始まった迷惑なだけの戦いの火蓋が切って落とされたのだった。
「逃がさないのよ!」
身体能力の差で先にネフテリアの元へたどり着いたパフィの先制攻撃。
両手をふるうと、そこから伸びる小麦粉生地がうねり、浅瀬の海水を吹き飛ばしながら、逃げる気の無くなったネフテリアに迫る。
「うぅ、生地の使い方がツーファンと違うからやりにくい…なぁっと!」
ネフテリアは魔力で小さな壁を数個作り、生地が壁に当たった瞬間に生地を潜り抜け、ひとまず回避に成功した。
しかしそこを狙ったかのように、水の弾がネフテリアの肩を直撃した。
「うわっぷ!?」
たまらず倒れるネフテリア。その上を生地が横切り、パフィの手元にまとまっていく。
「ちっ、倒れなかったら頭に当たってたのよ」
「うふふ……」
追撃が決まらなかった事に文句を言うパフィと、不敵に笑うだけのミューゼ。それを聞きながら、浅瀬に倒れたまま胸より上だけを海水から出しているネフテリアが戦慄していた。
(いやもうこの2人の連携はなんなの? ドルネフィラーで見たけど、実際に相手にするとほとんど隙が無いじゃないの。これはちょっとマズイかも……)
若いながらもグラウレスタなどの危険なリージョンに仕事へ行く事が出来る、シーカー最年少の女性コンビ。その強さの秘訣は、力ではなく連携の速さにあった。
シーカーになってから1年経っていない新人のミューゼだが、1人でもそれなりに仕事をこなせるパフィとの息はピッタリ。その隙の無さは、脳筋で有名なニーニル支部のバルドル組合長も認める程である。
「……だったら、連携を始める前に押しつぶすっ!」
しかしネフテリアも負けてはいない。幼少の頃からピアーニャや講師にあらゆる事を教わった、いわば魔法のエリート。
魔力で海水を操り、2人を包むように大波を起こした。
「うわ!」
「やっぱり腐ってもテリア様ね!」
「腐ってないわよ失礼ね!」
オマケとばかりに2人の頭上に大きな水の塊を作り、落とす。これで一瞬溺れて大人しくなれば……と思いやってみたのだが……
「!?」
ミューゼ達に落ちた水の塊が、一瞬泡のように膨らんで、はじけて消えた。
その場に残ったのは、掲げた掌に小さな竜巻を起こしているミューゼと、生地を盾のように広げて防御態勢になっているパフィの姿があった。
「ちょっと、貴女達そんなに凄かったかしら? 特にミューゼが……」
ネフテリアから見て、パフィの技に関してはよく分からないので一旦スルーした。しかし、ミューゼの魔法が明らかに以前より強くなっている。
肩に当たった水球の威力、そして大きな水の塊を吹き飛ばす程の風魔法。水はともかく、得意ではない風の威力が、ネフテリアの知らない強さになっているのだ。
質問されたミューゼは腕を下ろし、静かに語り始めた。