翌日の放課後、チャイムが鳴っても、
僕の心はずっと落ち着かなかった。
昨日は結局ほとんど眠れなかった。
若井のLINEを何度も開いては、
返事もできないまま朝を迎えた。
何を話されるんだろう。
気づかれた?
嫌われた?
それとも――
約束の時間になっても教室を出るのが怖くて、
それでも、“逃げたらもう戻れない”と、
強く自分に言い聞かせて立ち上がる。
誰もいない屋上。柵越しに、
グラウンドを見ている若井の背中が見えた。
一気に心臓が跳ね上がる。
滉斗『…っ!元貴!来てくれたんだ』
振り返った若井は、
どこかそわそわしたような、
でも優しい目をしていた。
元貴『……うん、何、話、って…』
自分の声が揺れているのが分かった。
若井は一呼吸おいて、空をちらっと見て、
滉斗『元貴、最近元気ねーなって、思って、
俺になんか隠してんじゃね?って、
気になったんだよね、』
心臓がぐっと縮む。
元貴『…何にも、ないよ』
そう言うしかなかった。
若井は、ゆっくりこっちに近寄る。
滉斗『なんにもない訳ないっしょ、
涼ちゃんにも心配されてたよ?
でも、俺が一番心配してる、』
それだけで、胸がぎゅうっと苦しくなった。
ずるいな…そんな風に僕を、
特別みたいに気にかけるから…
思わず、こらえてた言葉が零れる。
元貴『若井は……
なんでそんなに優しくするの、?
皆にそうでしょ、?僕……
僕だけじゃ、ないんでしょ、?
それが…いやで…』
声が震えて止まらなくなった。
若井が驚いた顔で、『元貴…?』と声をかける。
頭では、泣きたくないって思ってたのに、
昨日の涙がまた込み上げてきて、
どんどん目の奥が熱くなってくる。
元貴『ごめん、ごめんなさい…
勝手に苦しくなって、自分が嫌で…
どうして、
若井じゃなきゃ駄目なんだろう?って、
なんでこんなに、好きなのかわからなくて…』
ぐちゃぐちゃな言葉しか出てこない。
顔を両手で隠して、声を殺して泣いた。
多分数分、何も言えなかった。
不意に、ふわっと温かい何かに包まれた。
若井だ。
若井が抱きしめてくれてる。
滉斗『元貴、何で好きかなんて、
俺も自分じゃ分かんない、
でも、お前がお前でいてくれたら、
俺も素直でいられる気がする、
変な意味じゃなくても――
俺だって、お前のこと特別だと思ってるよ』
涙でぼやけた視界の中で、
若井がにこっと笑っていた。
滉斗『泣くなら、俺の前で泣けよ、
誰にも見せられない顔でも、
俺だけになら平気にして、』
なんだか、おかしくて、また涙がこぼれた。
ずっと伝えたかったことも、
抱えていた苦しさも、
少しだけ溶けていく気がした。
屋上に春の風が吹いて、
目元の涙をやさしく乾かしていった。
――この気持ちは、
すぐ綺麗なものにならないけど、
“僕は僕のままでいていい”って、
少しだけ思えた。
少し間をおいて、低く静かな声が届く。
滉斗『元貴、俺、元貴が泣くの嫌だ、
でも…辛い時は俺の前で泣いて欲しい、
俺なんかでいいなら、もっと頼ってほしい』
元貴『……っ、本当に、
僕のこと特別だって思ってる、?』
滉斗『思ってるよ、
元貴は――他のみんなと違う、』
空気が不意に変わった気がした。
顔を上げると、すぐ近くに若井の顔。
ほんの一瞬、
お互いの呼吸だけが風みたいに交じる。
この距離、だめだ…
そう思った瞬間――
言葉の代わりに、若井の手がそっと頬に触れた。
涙の跡をなぞるみたいに、迷いながら――
次の瞬間、
不意に若井の唇がそっと重なる。
キスは本当に軽く、でも、
今まで生きてきたどんな出来事よりも、
鮮やかで、頭の中が一気に真っ白になる。
滉斗『……ごめん』
キスのあと、若井が小さく呟いた。
滉斗『今の…俺もなんでか分かんない、
でも、元貴が泣いてる顔、
どうしても見てるの、限界だった、』
心臓が、暴れてる。
涙と一緒にこぼれそうな声で、
僕はやっと答える。
元貴『ううん…、ありがとう、
……ちょっとだけ楽になった、』
お互いに顔を赤らめながら、
でも拒む理由なんてひとつもなかった。
屋上に吹く冷たい風が、2人の間に残った
涙の雫をどこかに連れていった。
――こんなに苦しんで、泣いて、
それでも好きでよかったと、
ほんの少しだけ思えた。
コメント
6件
ただの友達じゃなくなっていく関係大好きです…
投稿ありがとうございます!大森くん気持ち伝えられて良かったです。次回も楽しみに待ってます(*^^*)