テラーノベル
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孤独のリビング。台所には積まさったままの食器類が放置されている。そこには照明すら点けられておらず、本日はそもそも行く気すら無い。
ソファの上、心音がただ鳴り響く。昼間読んだ彼女の文章が私の中を何度も巡る。天仰ぐと丁度差し込んでくる光の矢が、何だか少し心地よい。
手を伸ばす。掴む。当然、そこには何もない。
「あはっ、あははっ。わははははっ……!」
理由は無い。ただ何故か働いてしまう、私の勘ぐりとやらが、今、私の最も信じたい人物を殺したがっていた。その胸にあるのは白虎なんかではない、私を私たらしめる虚ろだ。
彼女の失恋が、奇しくも私の成恋を痛めつけたのだ。突き刺したのでも、抉り取ったのでも無い。ただ思い出させたのだ。何も持たなかった日々の苦しみを。
そして、その時の感覚が再び甦ようとしていた。これもまた、理由が無い。しかしそこには、これまでの人生経験とかのなんちゃらによる確信がある。
覚悟を決めなくてはならない。この安寧は奇跡的に、また必然的に他者によって与えられている偽物なのかもしれぬ。いや、そうなのだろう。なぜならば、私がそう感じたのだから。
何もないを握りしめた拳を胸へと添える。これで大丈夫。
私は歩いた。立ち向かった。とは言っても、そこはあのリビングから僅か十数歩の場所。二つの扉を介し、滝飛沫の音が聞こえる。そう入浴室、の一つ手前にある脱衣場だ。
聞こえるリズムと共に、彼との思い出の日々が流れてくるようである。
――彼とサークルに励んだ。彼に告白をした。彼が付き合ってくれた。初めてのデートは何気なく大学で。一晩飲み明かした日もあった。そして、彼が責任を取ってくれた。
彼が就職した。私も頑張らなきゃと思った。勉強して収納アドバイザーとしての資格を得た。作家としての能力とそれを活かして、動画投稿を始めた。始めは上手くいかなかった。辞めようとも思った。それでも、仕事終わりの彼の背中を見て……。私は頑張った。動画編集を学びに講習を受けて、たくさんたくさん動画を出した。
その全てが、あなたとの日々のため。
「――晃一」
三度のノック。返事は無い。
ぴろぴろり。
その時、洗面台に置かれたスマホが音を出して震えた。電話通知だ。
その送信先の名は『高月玲奈』。
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