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力は高層ホテルの最上階の一室で光化学スモッグに汚染された韓国の夜空を一人じっと眺めていた
頭が痛い・・・
つい数時間前までは後頭部が痛かったのに、今はまるで孫悟空の知恵の輪でギリギリ締め付けられている様に全体が痛い
こんなに痛いのに精密検査をしても、どこも悪くないといわれ、緊張型頭痛は自立神経が乱れているせいだと言われる、自律神経が乱れているのを直すのはどうすればいいのだと聞くと「規則正しい生活」言われた、こんな仕事で規則正しい生活もクソもない
あと一ヶ月でワールドツアーに出かけなければいけない・・・
それまでに韓国ドラマの※OSTを三本・・(※Original Sound Trackの略)会社の新人歌手に歌わせる楽曲を二本・・・それからメンバーの音入れに編曲・・・
ワールドツアーの規模は場所も人もどんどんデカくなっていく・・・考えるとズキズキ頭が痛む、所詮、自分は会社に都合の良い音楽製造マシーン・・・印税は増える一方だが、何一つ自由はない
力はホテルのテーブルに乱雑に広げられた鎮痛剤を二錠、口の中に放りこんで水と一緒に流し込んだ、鎮痛剤を飲むのはこれで本日6回目だ、医者には鎮痛剤は一日三回までと言われているが痛いものはしょうがない
ありとあらゆる鎮痛剤を試して今はこれが効いているが、この薬が効かなくなったらどうしようと心から恐れている
昨夜は酒を飲んでごまかしてみたが、それでも頭痛はおさまらなかった
わかっている・・・これは、力が自分の過ちや失敗と向き合う方法だ、ステージの上では成功者かもしれない、でも夜になると力は孤独だった、そしてこんな夜はこのまま独りで死ぬのではないかと怖くて眠れなくなる
スマホを手に取って時間を確認しようとする、でもなぜかギャラリーを開いて彼女の写真を呼び出してしまう、親指が彼女の顔の上で止まる・・・
帰郷すれば彼女に会える、でもなんて言えばいいのかわからない、彼女が自分を憎んでいるのはわかってる、だって力自身も自分を憎んでいるから
自分は彼女の人生をめちゃくちゃにした、自分にかかってきたスマホの留守番電話メッセージで彼女はそう泣き叫んでいた
8年間・・・力がずっと保存してきたメッセージだ、スマホを買い替えるたびに移行し、彼女の音声ファイルはもう何個も力のコンピューターに保存してある
忙しすぎて電話に出られず、折り返す時間すらも見つけられなかった時に、彼女が力に浴びせた憎しみの罵詈雑言を、力は一字一句暗記してる
会社の方針は
「炎上するのは良い事だ、世間から注目を浴びるのがこの仕事だ」
をスローガンに、音楽業界の権力に飢えたエグゼクティブやプロデュサーの「ジョン・ハン」は次から次へと力に売り出し中の女を当てがった
もちろん女も力と一夜を共にするのを望んだ、そして女友達に言いふらすために「あたし力と寝たけど、大したことなかったわ」と・・・
会社のイメージ通りにデートしている写真を撮らせてSNSに匂わせるおかげで、力はマスコミに
「お騒がせ芸能人」
としてどこへ行っても追い回される羽目になった、この会社の最も得意とする新人プロデュース方法だ
しかしどの女も力の記憶に残っている女はいなく、どの女も力を手懐けて歌を書かそうとする魂胆は見え見えだったので、力は会社にあてがわれる女性、誰一人とて親しくならなかった
無造作におかれたパソコンからまた音声ファイルを取り出す、8年間保存し続けたメッセージが流れる・・・
何度も彼女から留守番メッセージが送られてきた、最初は力をこれでもかと罵っている彼女の怒った声、一度でいいから会いたいと悲観に嘆き、悲しむ声・・・そして何度かそれを繰り返し、そしてとうとう彼女からの連絡は途絶えた・・・
力はその彼女の声を8年間、ずっと保存し続けて、自分がどん底にいる時にいつでも彼女の声を聞けるようにしてきた
一秒も割いて、彼女に言い訳をする電話をかけなかった・・・
かけれなかった・・・
彼女は力の恋人であったが、親友でもあり、姉弟の様だった、それを粉々に砕いたのは力自身だった
ボソ・・・
「今さらだ・・・」
そう呟き、鎮痛剤の横の茶封筒に視線を落とす、封筒には「鈴木沙羅調査書」と書かれていた
力が探偵を雇い、今現在の沙羅を調査させたのだ
どうしても忘れられない愛しい人・・・
僕は自ら彼女を手放した・・・
彼女がもう僕を必要としていないのはわかっている・・・・
せめて自分の心の痛みを避けるためだけに、こんな事をしてしまっている、本当に自分が救いがたい
ぐるぐる部屋を歩き回って考えていた
別にやりなおしたいとは思っていない
・・・ただ・・・
彼女がどうしているかだけを知りたいんだ
彼女が元気で、幸せかどうか知りたい、彼女は多分他の誰かと結婚しているだろう、子供の2~3人もいるかもしれない
8年の歳月は力と彼女が一緒に過ごした5年間を遥かに上回っている
きっと彼女は新しい人生を歩んでて、自分なんてきっと記憶の彼方ににチラッと映るだけの存在になってるはずだ、もしかしたら、彼女は自分のCDを買ってるかもしれない・・・
自分の歌を聞いているかもしれない、いつだってラブソングは彼女を思って作ってきた
スーパーのレジで、ショッピングモールの本屋で・・・力は表紙の米雑誌『ピープル』や『ローリング・ストーン』を手に持つ彼女を何度も想像した、彼女が記事を読んで、自分が彼女の名前を出さずに彼女について話してるのを読んでくれたかもしれない
ラブソングは全部彼女についての曲だ、彼女を思って作った歌だ、その全てがヒットしている
彼女に気付いて欲しいといつも願っている、自分の歌を聞いて欲しいと・・・
そしてこの8年間、自分が彼女を愛するのをやめたことなんて一度もないって、あの歌を聞いて気づいて欲しかった
力は窓を眺めた、このホテルにいるのは無理だ、ここからは星一つ見えない
彼女との思い出が蘇る、あの夜僕達が初めて体を重ねた夜・・・思い出しすぎて気が狂いそうになる
暑い夏の夜・・・トラックの荷台で星を見上げながら、彼女を脚の間に抱いて、腕で包み込んでいた
ずっと愛してるって言った、最初に「愛してる」って言ったのは自分で、結婚しようと言ったのも自分だった
彼女を家に送る前に、運転しながら彼女とイチャついてた、彼女を膝に乗せて、ただ彼女の体温を感じたくて、危ないってわかってたけど、やめられなかった、だって彼女が笑うから
それなのに・・・
彼女の調査報告書の封筒を手に取って、力は自分が逃したすべてを呪った、そして一番自分自身を呪った、築いた成功の代償にこんなに全てを失った虚無感にかられるなんて
あの頃に戻りたい・・・それが出来ないならせめて彼女がどうしているか知りたい・・・
ちょっと確かめるだけだ
幸せに暮らしているならそれでいい・・・力はまた・・・遠い異国で彼女を思いながら音楽製造マシーンになるだけ・・・
ビリビリと封筒を破いて、青いファイルを中から出す、ファイルの最初のページには沙羅の基本情報が記されていた。年齢、現在の住所、あの日本の小さな田舎町に変わらず住んでいること
力の指はページをめくるたびにわずかに震え、調査書の冷たい紙の感触が心をざわつかせた
沙羅の近況、職場の情報、日常の様子・・・探偵の詳細な報告は、まるで沙羅の人生を覗き見るような感覚を与えた
そして、力の目があるページで凍りついた
「え?」
力の声は震え、ファイルが手から滑り落ちそうになった、心臓が激しく鼓動し、頭の中が真っ白になる、調査書に書かれたその事実は、力の想像を遥かに超えていた
「まさか・・・嘘だろ?」
8年前の彼女との別れが信じられない事実と共に力の心臓を撃ち抜いた
視界が滲み、調査書の文字が揺れた、彼の手は震え、調査書を握り潰した拳が白くなる
胸の奥で何かが砕けるような感覚、後悔、驚愕、そして自分への怒りが渦を巻いた
もしこれが事実なら沙羅がどんな思いでこの8年を生きてきたのか、彼女が背負ったものの重さを、力は今初めて知った
咄嗟に立ち上がり、いてもたってもいられなくなった
時計は深夜2時を回っていたがそんなことは関係なかった、力は部屋を飛び出し、同じ階に泊まる仲間たちの部屋へと向かった
「拓哉! 誠! 海斗! ジフン! 起きてくれ!」
力は拓哉のドアを拳で叩き、誠のドアを蹴り飛ばし、海斗の部屋の呼び鈴を乱暴に鳴らした、マネージャーのジフンはTシャツにトランクス姿で慌てて部屋を飛び出して来た
ガチャ!
「なんだよ、力! こんな時間に!」
拓哉が寝ぼけ眼でドアを開けると、力のただならぬ表情に言葉を失った、誠と海斗もぞろぞろと出てきて、眉をひそめながら
「一体何事だ?」
「腹でも壊したか?」
と尋ねる、力は彼らを自分の部屋に引きずり込み、ドアを乱暴に閉めた
「僕は明日、日本に行く!」
力の声は、まるで雷鳴のように部屋に響いた
「はぁ?」
「 急に何だよ! 日本? 今から?」
拓哉が目を丸くし、誠が呆れたようにあくびをする
海斗は冷蔵庫からビールを出し、ジフンが心配そうに言った
「で・・・でも・・・1か月後にワールドツアーを控えています・・・チケットはどこも完売で・・・」
「レーベルとのミーティングは?1週間後にツアーで披露する5曲のアレンジを用意しないといけないんだぞ!」
「そうだ!理由を話せ、力」
みんなの問いに、力は震える手をしっかり抑えた
「確かめたいことがあるんだ・・・どうしても、僕の目で確かめなきゃいけない!」
力の目は燃えるように輝いていた、その決意は、誰にも止められないほど固く、熱を帯びていた、だが彼の声にはどこか震えがあり、仲間たちはその異様な雰囲気に言葉を失った
「頼むよ!なぁ!僕が今までこんな我儘言ったことがあるかい?僕はいつでもブラックロックのために働いてきた!日本に行ってもちゃんと曲を作って送るよ!お願いだ!今回だけは僕の我儘を聞いてくれ!」
「別れたとか言う・・・婚約者のことか?」
拓哉が静かに尋ねると力は一瞬目を伏せた、だが、すぐに顔を上げ、力強く頷く
「そうだ・・・沙羅の所に行かなきゃいけないんだ!」
力は調査書の内容をまだみんなに明かすことはできなかったが、その沈黙が、逆に仲間たちの好奇心をかきたてた、力の元婚約者に何かがあったのだ
8年前の別れが・・・どんな形で今に繋がっているのだろう、メンバー全員がお互いを見た、そしてメンバー全員が知っていた、力の作る歌はいつだってその彼女が関係してるんだから・・・
「ツアーまでには必ず戻るよ!約束する!だから・・・」
力は拳を握りしめ、仲間たちを見つめた、ジフンはため息をつきながらも、力の瞳に宿る覚悟を見て自分も決意を固めた様だった
「判りました・・・会社には僕から言っておきます・・・今から1か月、力さんはオフに入ってください、すべてのスケジュールの調節をさせて頂きます」
拓哉が大きくため息をついた
「しょーがねーな!」
「絶対にトラブルを起こすなよ」
「うまいもん買ってきてくれよ」
誠もぐっと親指を力に立てた
「ありがとう・・・みんな」
力は小さくみんなに笑いかけた、心臓はまだ激しく鼓動していた。早速パソコンで沙羅の住む田舎町へ向かう飛行機のチケットを手配しながら、彼の頭には調査書の文字が浮かんでいた
あの衝撃の事実から今は少し落ち着いて考える事が出来た
彼女が今背負っているもの、そして彼女が今どういう表情で生きているのか知る必要がある!力は心からそう思った、でも懸念もあった
沙羅に会った時、彼女はどんな顔をするだろう、彼女は自分を許してくれるだろうか、それとも8年間の空白は2人を永遠に引き離してしまうのだろうか
力は窓の外を見つめた・・・
許してくれなくてもいい、自分はそれに値する当然のことをした
だけどもう一度だけ彼女に会いたい!
そして・・・
ぐっと奥歯を噛み締める
力の心は遠く、日本の地で沙羅がいる場所へと飛んでいった
・:.。.
・:.。.