彼を俺は愛せていた?俺は彼に好きと言った?俺は彼を見ていられた?俺は彼を愛していた?
”愛”とは何か。”好き”とは何か。俺がそれに気づけていれば、気づければ彼は今でもなお俺の隣にいたのだろうか?もう、遅かった。全てに気づき、全てを知った時には遅かった。今なら断言できるのに。俺は彼を愛していた。しかし、俺は彼を愛していなかった、と。これは矛盾にはならない。愛の形が決まっていないから。
俺はいつものように、起きてご飯を食べて、奏斗の部屋の前で立ち止まる。そうして、飽きずに何度も思う。
俺は奏斗を愛していた?
と。俺は奏斗に好きと言った?俺は奏斗を見ていた?俺は奏斗を愛せていた?同じ質問をずっと繰り返し、繰り返し答えが出ないまま俺は今日も仕事へ行く。
「凪ちゃん、今日の依頼何?」
「セラ夫、今日はこの3つですよ」
「りょかぁい」
凪ちゃんとも顔を合わせづらくて、依頼内容を確認したら前みたいに雑談なんかしないでさっさと事務所を出る。いつも、俺のことを心配するような目で俺を送り出してくれる凪ちゃんにはいつも申し訳なく思っている。
「セラお」
そう声をかけられたのは仕事帰り。いつもみたいに事務所によることなく家に帰ろうとした時だった。
「少し話したいんやけど」
俺の方を見て目を合わせてくる雲雀に俺は「無理」と言えなかった。「うん」と答えるしか今の俺にはできなかった。だからと言ってあの頃の俺のように「わかったぁ」と明るく返事もできなかった。
「、、、」
「、、、」
近くにあったカフェに入り、注文を済ますと話が続かなかった。ただ、沈黙が俺らの間に流れていき、ただ時間だけが過ぎていく。
「俺、考えてみたんよ、その。奏斗のこと」
雲雀がそう話し始めると俺は雲雀の方を見つめた。
「セラおはさ、奏斗に愛されていたと思う?」
その質問は俺にもまだ答えが出ていなかった。俺は愛されていた、、?
「わかんない。で、でも、奏斗は俺を、大事に、してくれた、、、」
「そっか」
小さく微笑むような、子供みたいに笑うんじゃなくて大人の余裕みたいな、大人の少しだけ口角を上げて優しく微笑むその姿が心の底から綺麗だと思った。
「俺は、奏斗はセラおを愛していたと思えるし、奏斗はセラおを愛していないと思ったよ」
「、、、」
「それと同時に、セラおは奏斗を愛していて、セラおは奏斗を愛していない」
奏斗のことは思ったと確定していないのに、俺の時は、断言していた。その違いが俺にはまだ理解できていなかった。なんで、断言できないんだろう、奏斗の時は。
「セラおにとって、”愛”ってなんだと思う?」
「俺にとっての、”愛”、、、?」
「そう」
俺にとっての”愛”?俺が、奏斗を愛していたと、思ってるのなら、、。
「相手の幸せのために動く、こと?相手の幸せを願ったりしてること、かな、、。わかんない、、」
「でしょうね、貴方はそういう人ですし」
後ろから聞き慣れた声がした。優しくて安心する低音。頭の中に響き渡るような声。
「な、凪ちゃん、、?なんで、ここに」
後ろを振り返ると、やっぱりそこには俺の相棒で、仲間で、上司で、親友がいた。
「俺が呼んだんよ。最近アキラとセラお、話してないじゃん?」
「っ」
図星だった。凪ちゃんだけじゃない、俺は雲雀とも話していないし凪ちゃんとも話していない。申し訳なかったから。
「貴方が奏斗のことについて気に病んでいるのは理解できています。しかし、私はいまだに理解できません。なぜ、私たちと距離を取ったのですか。なぜ、悩んでいると、相談して、くれなかったんですかっ!!」
いつものように優しく聞いてくれると思いきや、感情の振れ幅が大きい凪ちゃんを表すように、だんだんと感情が俺にも伝わってくるように、声を大きく、荒げていた。
「、、ごめん」
それでも俺はただ、謝ることしかできなかった。
「私は、謝罪なんて求めてないのです!!ただ、理由が知りたい。私は、貴方がいつか、相談してくれると信じていましたよ。でも、貴方はしてくれなかった。そんなに私が信用ないんですか、、?大事な、大事な人のことを相談できない、そんな関係なんですか、、私たち」
「違う、違うよ」
「何が違うんですか!?」
泣いたり、怒ったり、情緒不安定な凪ちゃんに俺は反論した。
「信用してるから言えないんだよ。大事だから言えないんだよ。心配させたくなかった。俺のせいで、俺のせいで、奏斗は、奏斗はっ!!」
「死んだのに」
俺の言葉を横取りしたのは、凪ちゃんではなかった。俺のことを優しげに見つめていた、雲雀だった。
「そう、言いたいん?セラおは」
「、、、」
凪ちゃんは、俺から目を逸らした。
「そう、だよ。俺のせいで、奏斗は死んだ!俺が、奏斗の苦しみ、悲しみ、辛さを理解してなかった!俺のせいで二人の大事な大事なリーダーが、仲間が、親友が死んだのに。俺は顔を合わせる資格が、話していい資格が、悩みを話していい資格が、あるわけないじゃないか、、、」
そう、奏斗は死んだ。
その日はいつもと変わらない日常で、恋人として同棲をしていた俺らはいつものように目を覚ましていた。
「奏斗、おはよ」
「セラ、おはよ。今日はお寝坊さんだね」
暖かい太陽の日差しが俺らのいるリビングを明るく照らし、暖かく明るい部屋でただ二人暖かいコーヒーを口に含んでいた。そんな日常が長く続くものだと信じて疑わなかった。俺らが頑張って裏から足を一歩抜け出したから。この日常はいつしか崩れるものだと理解しておきつつも、まだ続くものだと信じていた。
そんな暖かな日常の中悲劇は訪れた。
「ぇ、、、」
家から1つの着信があった。
『風楽家嫡男の殺害依頼』
俺の大事な仲間で、親友で、恋人の彼を殺害しろとの依頼だった。そして1つそれを回避する方法があった。俺は、それを選択せざるを得なかった。
「はい、明日にはそちらに向かいます」
家に戻り、あの頃のように殺人をすればいい。暗殺者として仕事を再開すれば、この依頼は蹴っておく。そう伝えられた。俺はそれを選択しないということは頭の片隅にもなかった。家に向かい、久しぶりに親と顔を合わした。
「何その派手な髪色は。暗殺に向いてないのだから今すぐ髪を黒色に戻すように。今日の夕食は私たちと一緒にいただきなさい。明日の依頼は夕食の時に説明します」
「お前の部屋は前と同じだ。軽く掃除はしてあるからその部屋で日々を過ごすように。その服も仕事に向いていないだろう。こちらで処分をしておくから脱いだらその辺のやつに処分を頼んでおけ。前とサイズが変わっているだろうから何着か頼んでおいた。サイズがわかったら報告をしろ。そのサイズの服を三着ほど用意しておく」
俺だって、期待をしていた。親と顔を合わせたら「久しぶりじゃない」と声をかけてくれるお母さん。「大きくなったんじゃないか?」と頭を撫でてくれるお父さんを。でも、現実は違った。ただ、仕事の駒だった。俺は所詮、家の仕事をこなしてくれる都合のいいモノなんだと、思い知らされた。
「了解いたしました」
これが親に対する良き返事だと俺は親と過ごしてきた日々で学んでいた。俺を象徴するこの明るい髪色も、俺の大事なこのパーカーも。全部あいつらとの思い出でもあった。でも、それを処分せざるを得ない、そんな環境に俺は、戻ってきただけだった。
そしてそんな俺に訃報が走った。
「ぇ、、、?」
その情報を俺に渡してくれたのは、夜に駆ける金色の瞳を持った紫の鳥だった。
「な、んで?」
「、、わからないよ」
あぁ、知ってるんだな、奏斗の死因を。でも、彼の優しさからなのかそれを俺に教えてはくれなかった。その優しさを踏み躙ることなんてできなかった。
「戻ってこいよ、奏斗の葬式、行こうぜ」
「うん、恋人の顔を見たいや、、」
俺は案外、彼の手を簡単に取ったのであった。彼の、顔を見たかったから。
「なぁ、奏斗が死んだ理由説明してなかったやん?説明したほうがいいと思って、今日、呼んだんだよ」
俺はその言葉に雲雀の瞳に目が離せなかった。
「奏斗は、セラおがいない世界なんて価値がないって言って、セラおの部屋で首吊り死したんだ」
そして、信じられなかった。
「奏斗にとっての”愛”は、”二人での幸せ”じゃないかな。相手の幸せと自分と一緒にいること。それが奏斗にとっての”愛”だった。だから」
「奏斗は貴方を愛しているし、愛していない」
ようやくその言葉が理解できた。
「そして、セラおにとっての”愛”はさっき言ってたように、相手の幸せ、相手を大事に思うこと。だからセラおは家に戻ったんじゃん?」
それが事実だった。確かに今思えばそうだった。俺は奏斗のことを思って、家に戻った。でも、奏斗は俺がいない世界に価値がないと言って、自殺したんだ、、。
「セラ夫、貴方。奏斗の部屋に入れてないって聞きましたよ。それは、自分が愛していたのかわからなかったのではないですか?」
「そう、そうなんだ」
俺は、奏斗を愛している、と言える自信がなかったから。だから、部屋に入れてなかったんだ。奏斗の生活していた部屋を見て、奏斗のことを胸に置いたまま生きれる自信がなかったから。自分の中から奏斗を消そうとしてしまったんだ。
「俺は、奏斗をっ、愛していたんだっ」
人に言われるまで気づかなかった、一番大事なこと。それを俺は、忘れていた。それは、奏斗を失った悲しみからだろうか。それはもう、わからないけれど。
「俺、奏斗の部屋に行ってくる。奏斗のこと、しっかり受け止める」
俺は、奏斗を愛していた。だから、奏斗のことを受け止めてこれからもいきたい。見て見ぬふりをもう、したくない。
「「行ってらっしゃい/行ってこい」」
二人のその声で俺は席を立った。そして、1つ質問を投げた。
「二人は、俺を愛してる?」
これからも、俺を愛してくれる人はいるのだろうか。恋愛的にじゃなくていい。ただ、仲間として、親友として、愛してくれるだろうか。
「「俺/私はセラお/セラ夫を愛しています」」
そう断言してくれる二人が嬉しかった。俺はその二人に背中を見せて、お店を出た。奏斗と過ごしていたあの暖かい家に戻るために。
「「それと同時に、俺/私はセラお/セラ夫を愛せない」」
「はぁ、はぁっ」
俺は夢中に走っていた。ただ、奏斗に会いたかった。ただ、奏斗と顔を合わせたかった。ごめん、ずっと見てこなくてごめん。ごめん、愛してるって自信が持てなくてごめん。
ガチャ。
「あはぁ、、奏斗。ただいま」
俺、戻ってきちゃった。
そこには奏斗の部屋があった。奏斗の使ってた机が、椅子が、ベッドが、パソコンが。集めてきたマウスやキーボードが。奏斗しか詰まってない部屋が俺の目の前にあった。そして、片付けをしてないこともわかる、奏斗が見える。
「遅れてごめん、でも。でも、俺やっぱり。奏斗を愛してたよ、、。奏斗を愛してるんだよっ」
俺は泣き崩れた。俺は、奏斗を愛していたと。俺は奏斗に対して”愛”を持っていた。それがわからないまま今まで生きてきていたから、こんなことになってしまったんだ。
「ごめん、ごめん。奏斗、奏斗、、、、うぁ、、、、」
でも、目の前に奏斗はいない。もう、いない。”愛”をようやく知れたのに、愛したい相手はもう、この世にいない。
「戻ってきて、、俺が、悪かった、からぁ、、」
戻ってきてくれ。お願い。愛してるって言いたいんだ。
『セラ』
この声が、幻聴だってことくらい知ってるんだ。ずっと呼ばれてきた、奏斗の声、、。
「奏斗、愛してる」
ただ、その言葉だけ、君に言いたかった。俺が前を見てみると、窓があった。心なしかそこには奏斗の姿が見えた。この気持ちが伝わっているかな、、。伝わっていて欲しいな、、、。俺なりの、”愛”の形。今の、奏斗に対する”愛”の形は。
奏斗のことを、忘れないことだよ。
「私なりの貴方へのアイは、貴方と共にいること」
「俺なりのセラおへのアイは、セラおと共にいること」
”だから俺/私は貴方を愛せない”
窓に霜がつき、「I love you」という曲が流れる小さきカフェの中、二人はただ言葉をこぼすしかできない。それが、二人の”アイ”の形だった。二人の”アイ”は本人に届くことはない。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!