テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
水面
203
59
蒼羽@不定期投稿
1,118
ーー急がなければ、急がなければいけない。今日、朝のホームルームに北先生は来なかった。
だが、ひとりの生徒がこう証言したのだ。
「北先生、なんか屋上に行ってたよ」
まずいまずいまずい。死なれたら困る。
北先生は、校長の次にこの学校に詳しい。
A先生が言っていた、彼女はここで勤めている年数がとても長いと。
校長が怪しすぎる分、まだ情報を聞き出せそうなのは北先生。
この学校を調べる際に鍵となるのは、北先生なのに…
屋上へ向かう階段を登る最中、校長とすれ違った。
口端は上がっており、何やら楽しそうだ。
校長は笑いながらわたしに言った。
「彼女が憎いなら、突き落とせばいいと思うよ」
何がおかしいのか、けらけらと笑った。
気味が悪かった。それより、早く行かなければ。
足早に階段を駆け上がり、扉を開けた。
すると、北先生は柵の近くで座り込んでいた。
「…北先生、みんな待ってます」
「ああそうですね、でも先に」
そう言って立ち上がった北先生は、
すぐ力が抜けたように、ガクリと倒れ込んだ。
荒い息が、聞こえてくる。
「だめ…だめなんだ、私は…」
「……北先生」
「ごめんなさい、私は、私は…子供を教育する資格がない」
震える手を、顔に当てて覆った。
何も見ないようにして、誰にも見られないようにして、
その場を動こうとはしなかった。
…ああ、北先生は悪くない。悪くないんだ。
悪いのは”目”。分かってる。
でもあなたをみると、どうしようもなくイライラするんだ。
「立ってください、行きましょう」
「無理なの…さっきコイツが、何言おうとしていたかわかる…?
”ああそうですね、でも先にあなたを殺さないと”…
コイツは雇われたときの校長との契約を、破る気。
いやきっと…破っても校長に咎められないと知ってしまった」
北先生は話した。それは、校長の手帳の内容。
たまたま廊下で拾ったそれを、読んだ時に書いてあったこと。
”あの子察し良すぎ。階段で滑って頭打って死なんかな”
”目”は一目見てその内容を理解した。
”あの子”とはアサ、つまりわたしのこと。
校長は、わたしの不慮の死亡を願っていた。
なるほど、それなら私が”目”に殺されても”目”はお咎めなしだろう。
だから私に対しての殺意が、どんどんエスカレートした。
「このままでは、あなたを殺してしまう。もう嫌なの…」
「兄を殺したときのこと、思い出すからですか」
「…!あなた、それをいつ…」
「つい昨日です。ほんの偶然で、思い出しました」
北先生は、暗い顔をして俯く。
わたしが怒っていると思っている。
確かに怒っている。
だが、今はそれより重要なことがある。
今日の朝、聞き出しておいたこと。
「その”目”を、殺す方法を知っている人がいます」
「…え?」
「A先生です」
A先生は、この学校で勤めている年数が短いという。
逆に言えば、学校の外にいた期間がそれだけ長い。
教師の中では一番外部の情勢に詳しい。
だから知っていた。日本政府が発見し報じていた、
地球外知的生命体の確実な殺し方を。
「さあ、保健室に行きましょう」
「やっと…コイツから解放されるの…?」
キラキラとした顔で、少しふらつきながらも北先生が立ち上がる。
差し伸べた私の手を、北先生の小さな手が握った。
だが、現実は無情だった。
盲点だった、”目”が単独行動できることは。
ソイツは空高く飛び上がって、見えなくなってしまった。
敷地内からは出られないはずだが、こうも上空にいられては手出しができない。
ふと北先生を見ると、いつもの無機質な顔に戻っていた。
あ、まずい。そう思った瞬間、小さな手で首を掴まれた。
「遠隔操作モードです。驚きましたか?北が私の操縦者だと思ってはダメですよ。
逆です。操縦者がドローンを遠隔で操作できるのと同じです。
この身体の操縦者は私。あなたを殺して…完全にジャックします」
意識が薄れていく。このままでは殺される。
必死に抵抗しているつもりだが、なんて力が強いのだろう。
振り払えない。死ぬ。
その時、ドンッという鈍い音が聞こえた。
それと同時に、北先生の表情がもとに戻り、力も弱くなった。
振り返ると、いたのはA先生。
片手には、”目”を持っている。一体どうやって捕まえたのだろう。
「こいつを真っ二つにして、中のコアを探して壊せば死にます」
「A先生、ありがとうございます!」
「危ないことになっていないかと、来てみてよかったよ」
流石、といったところだろうか…
あんなに北先生が苦しめられてきた”目”を、A先生はあっさり処理した。
やろうと思えば、彼はいつでも北先生を救えた。
やらなかったのは、まだ北先生本人に意識があるとは思っていなかったから。
彼女が苦しんでいるのを、知らなかったから。
わたしがA先生に、多少かいつまんでだが…全て話したのだ。
A先生は、あまりの展開の速さに呆然としている北先生に近付き、
先程私がしたように、手を差し伸べた。
「もう大丈夫です。あなたが苦しむ必要はない」
「…いえ、私は…苦しむべきだったのかもしれません」
「どうしてですか?」
「私は……あなたのオリジナルを殺した」
北先生は、A先生に独白を始めた。
やると思っていた、この人なら。
だから私は、A先生に必要最低限のことしか話していなかった。
彼女自身が、自分の罪を贖えるように。
わたしが彼女に贖ってほしいわけではない。
彼女は自分で、それを選ぶと思った。
「私にオリジナルはいません」
「いいえ、それは嘘です。あなたにはオリジナルとなった人物がいる」
そう北先生が言い終わったところで、
わたしはA先生に写真を渡した。
昨日くすねておいた、アサヒと北さんが写っている写真。
A先生はそれを受け取り、まじまじと見つめた。
「…確かに、この青年と私は、ただのそっくりさんではないのでしょうね」
「はい、それがあなたのオリジナル。そしてその青年を、私が殺した」
「あなたではありません」
「そうかもしれませんが…私は謝りたい。謝って済むことではありませんが…」
A先生は、複雑そうな表情をしながらも、
黙ってその言葉に頷いた。
そうしなければ、北先生は救われないだろうから。
そして北先生が最後に話したのは、私のこと。
A先生は覚えていない、私と兄のこと。
「あなたのオリジナルには弟がいました。
それが、アサさんです」
アサの性別:
性別不明としていましたが、ストーリーの進行上
アサヒの”妹”なのか”弟”なのか決める必要が出てきました。
なので、これからはアサを男性として扱います。ご容赦ください。
ですがこれは”公式が勝手に言っているだけ”ですので、
女性として見ていただいても構いません。
コメント
1件
このエピソード、すごく重くて切なかったです……。北先生が「私には教育する資格がない」と震えながら語る場面、胸が締め付けられました。でも、アサくんが手を差し伸べたとき、一瞬希望が見えたんですよね。あの温かさが。 A先生の登場も、まさに絶妙なタイミングでした。「もう大丈夫です」の一言に、救われる想いがしました。そしてラストの独白のシーン……北先生が自分から罪を告白したこと、その勇気に心を打たれました。自分を許すのはまだ難しいかもしれないけれど、ちゃんと前に進もうとしているのが伝わってきて、応援したくなりました。