テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
117
97
第七章:決定的な断絶と、冬の足音
秋が深まり、校庭のイチョウが冷たい風に吹かれて黄色い葉を落とし始める頃、教室の中の空気は僕にとって、まともに息を吸い込むことすら難しいほど薄く、冷たくなっていた。
あの日、僕が自分の感情の塊のような小説を君の机に忍ばせて以来、僕たちの間にはただの「すれ違い」ではない、明確で決定的な「断絶」が生まれていた。君はもう、僕の方を一切見ようとしなかった。廊下ですれ違うときも、日直の仕事でどうしても言葉を交わさなければならないときも、君の視線は常に僕の足元か、あるいは僕の肩越しにある虚空に向けられていた。
思えば、あの使い古された一冊のノートが僕たちを繋いでいたのは、それが「ふたりで紡ぐ架空の物語」だったからだ。お互いに少しずつ言葉を置き、相手の反応を待ち、ページの中に心地よい余白を残し合う。そこには、触れられそうで触れられない、絶妙な距離感という名の安全地帯があった。僕たちはその安全地帯の中でだけ、少し背伸びをした自分になれたし、現実の息苦しさから逃れることができた。
だけど、僕が一方的に押し付けたあの原稿用紙の束は違った。
架空の物語の皮を被りながら、その実、中身は僕のドロドロとした嫉妬や、君を他の誰かに取られたくないという身勝手な執着、そして「僕の重たい気持ちを分かってほしい」という一方的なエゴの塊だった。ページの中には、君が入り込むための余白などどこにもなかった。
そんな息苦しいほどの現実を突然突きつけられた君が、怯え、戸惑い、そして静かに心のシャッターを下ろして僕を拒絶したのは、今思えばあまりにも当然のことだった。
十一月の半ば、クラスで定期的な席替えがあった。
くじ引きの結果、僕たちは黒板を挟んで右の最前列と、左の最後列という、教室の中で最も遠い対角線上に座ることになった。自分の新しい席に座り、遠く離れた斜め後ろの君の姿を盗み見たとき、僕は決定的な事実に気づいてしまった。
君の横顔から、微かな「安堵」が滲み出ていることに。
もう僕の不自然な視線に怯えなくて済む。気味の悪い原稿を押し付けられることもない。あの重苦しい執着からようやく物理的にも解放されたのだという、残酷なまでの安心感。君がふっと肩の力を抜き、隣の席の女子と心底楽しそうに笑い合った瞬間、僕の胸の奥で何かが完全に、そして粉々に砕け散った。
それが、どんな言葉で拒絶されるよりも深く僕の心をえぐった。
僕が君の特別な存在になりたくて、必死に近づこうともがけばもがくほど、結果的に君を追い詰め、苦しめていたのだと、その時ようやくはっきりと理解した。
やがて冬の足音が近づき、教室に置かれたストーブの灯油の匂いが漂い始める。
僕たちは同じ六年生として、同じ教室の空気を吸いながら、完全に別の世界を生きる他人になった。もう二度と、あの秘密のノートが開かれることはない。花びらが散る前にふたりの名前を決めるはずだったあの優しい物語は、他ならぬ僕自身の手によって、永遠に未完のまま冷たい引き出しの奥に葬り去られてしまったのだ。
コメント
1件
うわあ……読んでて胸がぎゅっとなりました。主人公が遠くから君の「安堵」を感じ取ってしまう場面、あれが一番グサッときたなあ。物語の余白がなくなって、純度の高い気持ちだけが相手を追い詰めてしまう、その構図のリアルさが痛いほど伝わってきました。秋から冬への季節の移ろいが、二人の決定的な距離を象徴しているのも美しくて切ない……。 このあと、どうなっていくんだろう。続きがすごく気になります。