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なんか嫌な予感
『花が散るまでの距離』
2話.近づく距離、見えないもの
春と話すようになってから、 まだ数日しか経っていないはずなのに。
気づけば、
隣にいるのが当たり前みたいになっていた。
「ねえ悠真くん、今日さ、ちょっと寄り道しない?」
放課後、鞄を持ちながら春がそう言う。
「寄り道?」
「うん。ちょっとだけ。桜、見に行こ」
わざわざ言うまでもなく、
学校にも桜はある。
けど春は、少しだけいたずらっぽく笑って、
「もっといい場所、知ってるんだよね」
そう言った。連れてこられたのは、
学校から少し離れた川沿いの道だった。
人通りはほとんどなくて、代わりに風の音と、水の流れる音が静かに響いている。
その両側に、桜がずらっと並んでいた。
「……すご」
思わず声が出る。
風が吹くたびに、花びらが一斉に舞い上がる。
空気ごと、
薄いピンク色に染まっているみたいだった。
「でしょ?」
隣で春が、少し誇らしげに笑う。
「ここ、好きなんだ」
そう言って、ゆっくり歩き出す。
俺もその隣に並ぶ。
しばらく、言葉はなかった。
でも、不思議と気まずくはない。
足音と、風の音と、時々舞う花びらだけで、
十分だった。
「ねえ」
不意に、春が足を止める。
「やりたいこと、ある?」
「やりたいこと?」
「うん。なんでもいいから」
急だな、と思いながらも少し考える。
「……特にないかも」
正直にそう言うと、
春は少しだけ目を丸くしてから、
「えー、もったいない!」
と、少し大げさに言った。
「じゃあさ、決めようよ」
「何を」
「“春の間にやることリスト”」
楽しそうに、でもどこか必死みたいに。
「いっぱいあると楽しいよ。放課後遊ぶとか、写真撮るとか、遠回りして帰るとか」
指折り数えながら、どんどん挙げていく。
「……なんか、急だな」
「だって」
一瞬だけ、春の声が弱くなる。
けどすぐに、いつもの調子に戻って、
「春って、すぐ終わっちゃうでしょ?」
そう言って笑った。
その言葉を聞いたとき、
なぜか少しだけ、胸の奥がざわついた。
__終わるのが、
怖いみたいな言い方だと思ったから。
でも、それ以上は何も言わなかった。
代わりに、
「じゃあ、とりあえず一個目」
そう言うと、春がぱっとこっちを見る。
「……写真、撮るか」
「え、いいの!?」
「言い出したのそっちだろ」
「やった!」
本当に嬉しそうに笑う。
その顔を見ていると、
断る理由なんてどこにもなかった。
スマホを取り出して、少しだけ距離を詰める。
「ほら、早く」
「ちょ、ちょっと待って!」
慌てて髪を整える春。
風が吹いて、また花びらが舞う。
「……よし!」
そう言って、こっちを向く。
少しだけ照れたみたいに笑っていた。
その一瞬を、シャッターで切り取る。
「見せて見せて! 」
画面を覗き込んでくる春。
「……いいじゃん」
自分でも思った以上に、
ちゃんとした写真だった。
桜と、風と、春の笑顔。
全部がうまく重なっている。
「 ほんとだ。いいね、これ」
春が、少しだけ優しく言う。
その横顔を見ていたときだった。
「……っ」
ほんの一瞬、春の表情が歪んだ。
すぐに元に戻ったけど、見間違いじゃない。
「どうした」
「え?あ、ううん。なんでもないよ」
そう言って、いつも通り笑う。
でも、ほんの少しだけ息が乱れている気がした。
「……無理すんなよ」
気づけば、そんな言葉が口から出ていた。
春は一瞬だけ驚いた顔をして、
それから、
「してないよ」
やわらかく、でもはっきりとそう言った。
それ以上、踏み込むことはできなかった。
踏み込んだら、何かが壊れそうな気がしたから。
帰り道。
春はいつも通り、楽しそうに話していた。
“やりたいことリスト”の続きを考えたり、
次はどこに行こうかって話をしたり。
その全部が、ちゃんと楽しいはずなのに。
頭のどこかに、さっきの一瞬が残っていた。
__見なかったことにするのは、簡単だ。
気づかないふりをするのも、きっとできる。
でもそれは、優しさなのか、ただの逃げなのか。
まだ、このときの俺にはわからなかった。