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春が散るまでの距離
3話.小さい嘘
春が保健室に行くようになったのは、偶然じゃなかったと思う。
最初は、本当にたまたまだと思っていた。
「ちょっとだけ、頭痛くてさ」
そう言って、授業の途中で席を立つ。
戻ってくるときには、
いつも通り笑っているから、深く考えなかった。
でも、それが一度じゃなくて、
二度、三度と続けば。
さすがに、気づく。
その日も、春は三時間目の途中でいなくなった。
窓の外では、
桜が少しずつ花びらを落とし始めている。
__春って、すぐ終わっちゃうでしょ?
あの日の言葉が、
頭のどこかに引っかかったままだった。
その日も、春は三時間目の途中でいなくなった。
窓の外では、
桜が少しずつ花びらを落とし始めている。
__春って、すぐ終わっちゃうでしょ?
あの日の言葉が、
頭のどこかに引っかかったままだった。
昼休み。
購買でパンを買って教室に戻る途中、
ふと足が止まる。
保健室の前だった。
ドアは少しだけ開いていて、
中の様子がわずかに見える。
……別に、用事があるわけじゃない。
でも。
気づけば、その隙間から中を覗いていた。
カーテンの向こう側に、春の姿があった。
ベッドに腰掛けて、少しだけ俯いている。
その手元で、何かを握っていた。
白い、小さな——
薬、だった。
胸の奥が、ゆっくりと重くなる。
ああ、って思った。
何かが、確かに“普通じゃない”。
そういう確信だけが、静かに広がっていく。
「……大丈夫?」
養護教諭の声が聞こえる。
「うん、平気です」
春は、いつも通りの声で答えた。
「ちょっと貧血っぽいだけだから」
軽く笑う気配。
その“軽さ”が、逆に引っかかる。
見なかったことにしよう、と思った。
ここで踏み込んだら、きっと何かが変わる。
今のままじゃいられなくなる。
だから——
そのまま、静かにその場を離れた。
教室に戻ると、何も知らない顔をして席に座る。
少し遅れて、春も戻ってきた。
「ごめん、ちょっと抜けちゃった」
そう言って、いつも通り隣に座る。
「もう大丈夫?」
気づけば、そんな言葉をかけていた。
「うん、平気平気」
春は、笑う。
あまりにもいつも通りで、
あまりにも何もなさそうで。
__嘘だ。
そう思った。
でも。
その嘘を、壊したくなかった。
「ならよかった」
結局、俺はそう返す。
それ以上は、何も言わない。
言えない、の方が正しいかもしれない。
「ね、悠真くん」
春が、ふと思い出したみたいに言う。
「“やりたいことリスト”、次なににする?」
その声は、やっぱり明るい。
「この前写真撮ったし……あ、今度はさ、放課後に遠回りして帰るのとかどう?」
「……いいんじゃね」
「でしょ?絶対楽しいよ」
嬉しそうに笑う。
その笑顔を見ていると、さっきの光景が嘘みたいだった。
でも、消えない。
頭のどこかに、ずっと残っている。
白い錠剤。
少しだけ苦しそうな表情。それを隠すみたいな笑顔。
——気づいてしまった。
もう、前みたいには戻れない。
それでも。
「じゃあ、今日行くか」
俺はそう言った。
春がぱっと顔を上げる。
「ほんとに?」
「ああ。どうせなら早いほうがいいだろ」
「やった!」
無邪気に喜ぶその姿を見て、思う。
知らないふりをするのは、簡単だ。
見ないようにして、聞かないようにして、
全部なかったことにすればいい。
でもそれはきっと、
優しさなんかじゃなくて。
ただの——
臆病だ。
それでも俺は、踏み込まない。
踏み込めない。
だって。
もし、本当のことを知ってしまったら。
この時間が、
全部“終わりに向かってるもの”に見えてしまう気がしたから。
だから今日も、
俺は何も知らないふりをする。
春の隣で、いつも通り笑う。
それが、
今の俺にできる、
たったひとつの“優しい嘘”だった。