コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
店長らしきなかなかに美形の若い男性が一歩前に出る。
全く以て好みの男性ではなかったのだが、夫の駄目出しが出た。
雪華にも夫の声が聞こえたらしい。
店長の目線から私を隠すように、背後に庇った状態で用件を告げる。
「……御方の御指示にて、接客は女性にお願いしたいが如何か?」
若い男性は不快な色など一切乗せもせず、どころか大半の女性を蕩けさせるような華やかな微笑を浮かべて深く頭を下げる。
「では、当店のベテラン店員をおつけいたしましょう」
「バッケスホーフと申します。よろしくお願いいたします」
代わりに現れたのは当然女性。
一筋の毛のほつれも許さない見事に結い上げられた銀髪に、銀縁眼鏡。
真っ直ぐに私たちを見つめる瞳も銀色だ。
年齢は老年にさしかかった辺りだろうが、凜とした風情は店長の若さすら凌駕しそうだ。 シンプルな長袖のブラウスに、足捌きに問題がなさそうなグレンチェックのロングスカート。
向こうの世界でホテルの従業員に一人はいそうな、できる女傑といった感じだろうか。
「よろしくお願いしますね。それにしても……落ち着けるお店ですね。比べるのも大変失礼ですけれど、先ほどシュモルケの店長夫妻に絡まれましたの……」
「同業の者が大変失礼をいたしました。以前より問題になっておりましたが、御方の奥方様や従者の方々への不敬に対する罪を贖うべく、速やかに処断されることと思われます」
厳しいくらいの表情が仄かに和らいだ。
きっとシュモルケ夫妻は許し難い存在だったのだろう。
自分たちが至らないのに気がつきもせず、こちらの店を羨んで嫌がらせの一つ二つはしていたに違いない。
この様子ならば私たちへの不敬を挙げて、迅速な処罰がされるはずだ。
個人的にはその罰が、多少過剰になってもいいとは思う。
それだけげんなりとする出会いだった。
私が声を上げなくてすむのなら、この問題には手を出さない。
もしかすると、雪華やノワールが何かしら手配をするかもしれないが、それは自由にさせたいと思っている。
「御方の奥方様には、商品目録で御覧になりますか? それとも商品を直に御覧になりますか?」
「……商品目録を見てから、商品を直に見たいわ」
「了解いたしました。それではこちらにおいでくださいませ」
店長他店員一同に見送られながら、応接間のような場所へ通される。
テーブルの上には数冊の商品目録。
ゆったりとしたソファには、繊細なレースに包まれたクッションが置かれていた。
サイドテーブルには大ぶりの花瓶が置いてあり、生花が生けられている。
「本日はどういった商品を御希望でございましょうか?」
「主が使う天蓋ベッドと寝具一式。普通サイズのベッドが六個、リス族のベッドが三個……ランディーニの場合は止まり木でいいのかしら?」
「鳥族の方々は族によって、ベッドの場合も、止まり木の場合もございます」
「せっかくだから買っておく? 主が選べばどっちにしたとしても喜んで寝ると思うけど……」
フクロウが小さいベッドで寝る。
その隣にはもっと小さいネルたち三人のベッドが並んでいる。
可愛い。
問答無用で可愛い。
買おう。
私の笑顔から察したのだろう。
表紙にクジャクのような鳥が書かれた商品目録が置かれる。
「御方の奥方様のベッドはこちら。普通のベッドはこちら。リス族の方のベッドはこちらになります」
更にそれぞれの前に商品目録が置かれた。
向こうでいうところの商品カタログなのだか、一流百貨店並みの厚さがあるしっかりしたものばかりだった。
「ごゆっくりと御覧くださいませ」
立ち上がったバッケスホーフが、ノックののちに開かれた扉からワゴンを受け取っている。
ワゴンには、人数分のティーカップとおしぼり、チョコレートが何種類か置かれていた。
丁寧にそれらを私たちの前に置いたバッケスホーフは、静かにスカートを摘まんで頭を下げると部屋を出て行ってしまう。
「助言が欲しかったのだけれど……」
「いろいろ見てからでもいいんじゃない?」
「それもそうですね」
私が頷けば全員がまずおしぼりを手にする。
商品目録を汚さないようにという配慮だろう。
私も同じようにおしぼりで手を拭く。
適度な暖かさに、心のどこかがやわらかくほぐれた。
「ローレルは希望があるなら、自分の分は自分で選んでいいわよ? ああ、フェリシアたちの分もね?」
「ありがとうございますぅ~。私の分はやはり湿気に強いベッドが有り難いですわねぇ~人魚族だけに!」
ぷっと雪華とネイが揃って吹き出している。
私はこちらにも、すのこベッドがあればいいのにねーと思いつつ、自分に渡された商品目録に目を通す。
勿論ランディーニ用の可愛らしいフクロウベッドを先に選ぶこと、決定だ。
「あら、こんなに小さなクジャクがいるのね!」
表紙を飾っていたクジャクは、正式名称スモールクジャクといい、掌サイズのクジャクらしかった。
プライドが高いため多頭飼いどころか、同じ立ち位置の存在を許さないらしい。
個体によっては主の夫や妻にすら攻撃するのだから筋金入りだろう。
純白のスモールクジャクには少々心惹かれるものもあったのだが、うちで飼うのは不可能だ。
「どうしても飼いたいなら、ノワールに相談するといいわよ。彼女ならどうにかしてくれるでしょうし」
ノワールが長いメイド服を優美に翻しながら、なぜか巨大化しているスモールクジャクを調教する様子が目に浮かんでしまい、首を振る。
「これ以上彼女に負担をかけたくないのでやめておくわ」
「主様の場合、その気になれば、スモールクジャクの方から、恭順を示すと思います」
ネイの言葉を聞き二人も、あー、確かにね……と大きく頷いた。
雄は駄目ですよ!
特殊個体の雌のみ許可します!
夫の微妙な許可も下りたが、今回はやめておこう。
縁があれば、ふわっふわらしい純白の羽毛を撫でる機会があるだろう。
「……可愛いわ……」
小さい頃に憧れた、人形を寝かせるための私たちが使うベッドの小型版に始まって、フクロウのぬいぐるみのおなか部分がくり抜かれたものや、巣の形を表現したもの、ツリーハウスの小型版、シンプルな箱だがオプションがいろいろあります! といったベッドが各種丁寧な説明とともに並んでいた。
「迷うわねぇ……」
深く溜め息を吐いて誰かに助言を求めようかと思ったが、全員が真剣な表情で商品目録を凝視しているので諦める。
散々に悩んだ結果。
天井から吊り下げられるパーツがついたツリーハウスにした。
ベッド代わりのふわふわクッションも購入する。
寝相が悪くても大丈夫なように、ツリーハウスの中は駄目になるクッション系の素材を、敷き詰めてもらうことにした。
引き続き自分の分の検討に入る。
皆は相変わらず真剣な表情で商品目録を睨みつけていた。
バッケスホーフが紅茶のおかわりを持ってきてくれたので、ランディーニのベッドだけを注文した。
素材の敷き詰めはすぐに終わるらしい。
ローレルが異世界にも存在したらしいすのこベッドについての詳細を聞き、ネイはベッドに敷くマットはどの素材が最適かを相談している。
雪華は彩絲のベッドで悩んでいるらしく、主よりは劣るが次点ぐらいに良い性能と見た目のベッドはどれかと問うていて、自然な微笑が浮かぶ。
「やっぱりカーテンの色に合わせて、ピンク系かグリーン系かしら? ベッド回りをピンク系にして、天蓋をグリーン系にするのが無難だと思うけれど……」
色味の方向性は決まった。
夫からの駄目出しもない。
しかし、ベッドの形に迷う。
シンプル系、ゴージャス系、フェミニン系……どれも好ましいのだ。
「ここにきて、何時も主人に選んでもらう弊害が出るとは……」
「私は可愛らしい系をお勧めしますわ~」
「わ、私は性能重視が、よろしいかと!」
「思いっきりゴージャスにしてみるのもいいんじゃない? こういうときには散財しないと!」
ローレル、ネイ、雪華の意見もそれぞれ違う。
思わずバッケスホーフを仰ぎ見た。
バッケスホーフは綺麗な銀の瞳に優しい色を乗せて、助言をくれる。
「可愛らしい作りながら王族の品もあり、性能の大変よろしいベッドがございます……こちら……になります。ベッドヘッドには百合が彫り込まれており、天蓋に使われるレースにも百合の刺繍がほどこされております」
「いいんじゃない? たしか、バスタブも百合が浮き彫りになっていたと聞いたわよ」
「ええ、そうなの。では……実物を見せていただこうかしら? あ、先ほどのランディーニの分も一緒にお願いしたいわ」
「承りました。他の皆様は如何されますか?」
「私は特に見なくて大丈夫ですわ~」
「私はできれば、大きさの確認を、したいです」
「うーん。彩絲の分だけ確認したいかも。主様、一緒に見てくださいね?」
「雪華が選んだならきっと、彩絲は気に入ると思うわ」
「最終決定は主様だから! って言えば、絶対に喜ぶとは思うんだけどねー」
実物の確認は全員揃っていくことにする。
遠慮する皆に残っていたチョコレートなどを勧めた。
とても美味しいチョコレートだったのだ。
バッケスホーフの先導の元に、見たいと告げていたベッドや寝具を見て回る。
驚くことに男性を一人も見かけなかった。
これが一流店の気遣いなのだろう。
ローレルが寝具にも湿気に強いものがあることに感動し、ネイが想像していた以上に使い勝手の良いベッドに満足し、雪華がこれなら彩絲も満足するわ! と胸を張る。
私も細部まで丁寧に作り込まれたベッドに見惚れていれば、寝心地をお試しくださいと微笑まれた。
寝具を一式セットされた状態で試したベッドは、表現が難しいほどにすばらしく、危うく睡魔に取り込まれそうになったりもした。
やはり実物を見て説明してもらうと、信用度が増すものだと頷き合って、全ての購入を決める。
微調整があるのでお届けは私が参りますと、バッケスホーフが自ら買って出てくれた。
従業人の何人かが目を見開いていたので、随分と珍しいことなのだろう。
彼女の誇りと私たちへの好意的な感情が嬉しかった。
更に今夜には届くという手早さには驚かされる。
帰り際に渡された箱の中には、私が美味しいと絶賛したチョコレートが、全員で食べても満足できる数が入っていたのにも喜び、同時にこれもまた大変驚かされた。
ベッドと寝具の購入を終えて馬車に乗る。
従業員全て……美麗な男性店長以外にも、男性は数名いた……による見送りに小窓から会釈を一つしておく。
最後の挨拶はやはり全員が好ましいですね、と夫の言葉が届いた。
男性従業員の接客を拒否しておきながら、わがままよねぇ……と思うも、この店の男性従業員は私たちに不快感を与えないと認めた証しなのだと分かれば、逆に良かったと思い直した。
「主、おなかは空いた?」
「お菓子やお茶をいただいていたから、そこまで空いていませんよ」
「んー、でもそろそろランチはしておいた方がいい気がするんだよね……きちんとしたランチを取っておかないと、ノワールから大目玉を食らいそう」
ローレルとネイも頷いている。
「何か食べるとしたら、甘いものが多かったから塩気のあるものがいいかしら? あとは一口ずつでいいから、いろいろな種類の料理が食べたいわ」
「あー、んー、んんぅ? ……あぁ! 点心! 点心はどうかな? 御方が昔支援した店があったはず!」
安定の夫プロデュースでした。
旦那様は食道楽です。
お蔭で私も食道楽です。
おや?
貴女に美味しい物を食べさせたいという旦那心ですよ?
脳内に響く夫の声に微笑を深くする。
「こちらにもあるんですね、点心って」
「御方支援店は多岐にわたってあるけど、食系は特に多いんだよね。今にして思えばみんな主のためだったんだろうけど……どう、点心?」
「みんなは?」
「……お店の人が変わった口調で接客をすると、聞いたことがあります。聞いてみたいです」
「海鮮が美味しいと伺ったことがありますわ~。とっても楽しみですぅ~」
「今度こそ小籠包を火傷しないで食べるわよ!」
それぞれ堪能できそうで良かった。
「よろしくね、ホークアイ。お店の場所はわかるかしら?」
『モリオンにも私にも、王都内であればどんな希望にも添えるようにと、ノワール殿が特殊スキルの地図を授けてくださいました。御安心ください』
「ここでもノワールなのね! 彼女は本当にすばらしいシルキーだわ」
『それこそが最高の褒め言葉でございましょう。私もそうですが、お仕えしがいのある主に出会えてノワール殿も果報者です』
夫が隣にいないせいもあって、自分に主としての振るまいができているのか不安になることも多い。
ゆえにこうして好意をストレートに告げられるのは嬉しかったし、自信にもなった。