テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
私たちは人が行き交う廊下をどんどん進んだ。大行列とはいかないまでも、そこそこ人の列ができている場所にたどり着く。
「あ、あれか。『軽喫茶・K』?Kって、まさか神澤大のKか?ずいぶんと捻りのないネーミングだな」
苦笑している碧斗に私はおずおずと提案する。
「ねぇ、碧斗。結構並んでるし、店の中も満席みたいだよ。柚乃に声をかけたら、やっぱりここはもう、いいんじゃないかな?」
「ここまで来て、まだそんなこと言ってんの?俺たちも並ぶぞ」
「え、並ぶの?」
碧斗は列の最後尾に向かって歩いて行った。仕方なく、私も彼の後を追ったが、その途中、店の中から出て来た白いエプロン姿の女の子を見てはっとする。柚乃だった。
姉は列の先頭にいた三人の女性たちに向かって笑顔を見せる。
「お待たせしました。席が空きましたので、どうぞ」
柚乃は彼女たちが中に入ったのを見届けてから、順番待ちの状況を確かめるかのように首を伸ばして目を動かした。
その時、柚乃と目が合った。
姉は破顔して私の元へやって来た。
「詩乃!来てくれたんだ!あれ?碧斗と来てるんじゃなかったの?」
「えぇと、碧斗なら列に並んでるよ」
「あ、ほんとだ。碧斗!こっちだよ!」
柚乃は碧斗に手を振りながら、もう一方の手で私の手を取り、店の中に入る。
「柚乃、待ってよ。順番待ちしなくていいの?」
柚乃はにこりと笑う。
「実は、取っておいたの。詩乃と碧斗の席」
「えっ?もしも、私たちが来なかったらどうするつもりだったの?」
柚乃はふふっと笑い、私の手を離す。
「その時はその時ってことで。でも、それは全然考えてなかったな。あ、碧斗も来たね」
柚乃は碧斗を手招きする。
「ここの席にどうぞ。今、お水持って来るね。メニューは机の上のを見てね」
私は戸惑いながら姉を見送った。
碧斗は苦笑いを浮かべてぼそりとした声で言う。
「俺たちより先に来て並んでる人たちに悪い気がするんだけど……」
「確かに……」
私もまた苦笑しながら、テーブルの上に置かれていたメニュ―に目を落とした。
「何にしようか」
私は碧斗と一緒にメニューを眺めていたが、近くに人が立つ気配を感じて顔を上げた。
それとほぼ同時に、その人は言った。
「詩乃ちゃんもうちの学祭に来てたんだね」
あまりにも突然で、心の準備ができておらず、すぐに声が出なかった。
戸崎に会うことは想定外だった。けれど、彼もこの大学の学生であり、さらには恐らくは柚乃の恋人。その人がここに顔を出すかもしれないことは、多少なりとも想像できたことだった。
何か言わなくてはと、私はごくりと生唾を飲み込んだ。けれどそれより先に、碧斗が明るい声で戸崎に挨拶を返す。
「戸崎さんも来てたんですね。こんにちわ」
その間に気持ちを立て直した私は、戸崎に微笑む。
「こんにちわ」
私の挨拶の後に、他の男の声が続く。
「あれ?確か前に一度、映画館で会ってるよね。えぇと、あぁ、藤川さんの双子の妹さん、だっけ?俺のこと、覚えてるかな」
佐東という名前が柚乃の話に出て来た記憶はあるが、彼の顔は覚えていなかった。
「えぇと、すみません、あんまり……」
佐東は苦笑する。
「ちょっとショック。それにしても、彼氏さんと一緒かぁ。お近づきのシルシにこの後一緒に回りませんか、って誘いたかったんだけど、うぅん残念だ」
佐東の勘違いを訂正する間もなく、戸崎は彼を促す。
「佐東、もう行こう。じゃあ、詩乃ちゃん、杉本君、邪魔したね。機会があれば、またそのうちに」
戸崎は私たちに笑いかけ、「会計」のプレートが置かれた机の所に向かって行った。
対応に立ったのは、柚乃だった。
佐東は先に外に出て行ってしまい、他に会計待ちをする者がいない今、そこにいるのは柚乃と戸崎の二人だった。ただの客と店員には思えないような、互いに優しく柔らかな眼差しを向け合っている。
それを見てしまい、作っていた私の表情は壊れそうになった。
感情と表情の揺れを、目の前にいる碧斗に気づかれたくなくて、私は再びメニューに目を落とした。自分でも不自然に感じるほど声を明るくして話し出す。
「これ、柚乃が言ってたパンケーキだね。シフォンケーキとチーズケーキも作るって言ってたけど、あれ?スコーンやワッフルもある。飲み物は、へぇ、結構種類あるんだね。クリームソーダだって。こんなのまで」
「詩乃。大丈夫か」
「何が」
私は顔を上げないまま碧斗の問いに返した。
「何がって……」
碧斗は困ったように私の言葉を繰り返した後、囁き声で訊ねる。
「帰るか?」
私は弾かれたように顔を上げた。
「どうして?ここまで来て寄らないなんてないって言ったのは、碧斗でしょ。私、紅茶と、シフォンケーキにする」
八つ当たり気味な言い方をする私に、碧斗は嫌な顔をすることもなく、ただふっとため息をつく。
「そっか」
そこに、柚乃がやって来た。明るい声で私たちに注文は何かと訊ねる。
メニューを見たまま答えようとする私を制して、碧斗が柚乃に答える。
「詩乃は、紅茶とシフォンケーキ。俺はコーヒーとスコーン。よろしく」
「かしこまりました」
柚乃は元気に言って、奥に引っ込んで行った。
その後ろ姿を真っすぐな目で見ることができず、私は自分の手元に視線を落としていたが、ふと視線を感じて目を上げた。そこにあったのは、物問いたげな碧斗の顔だった。
碧斗の約束の取り付け方は強引に感じるものではあったが、最終的に、今日この幼なじみと一緒に来ることを決めたのは自分だ。それなのに、こんな暗い顔をしているなんて失礼だ。私は気持ちを切り替えるために手元のグラスに手を伸ばし、水をごくりと喉に流した。
52
183
#へたくそだけど許して
結月
23
#元カレ
まぁ
30,752
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!