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深冬芽以
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朝焼けの光が差し込む病院
九条が事後処理に追われている隙を突き、私は一人でタクシーに乗り込んだ。
結衣から送られてきた住所は、山間の霧に包まれた古い児童養護施設だった。
「……ここなのね」
喉を保護するスカーフを強く巻き直し、私は門を潜る。
そこは、世俗から切り離されたように静まり返っていた。
施設の奥にある、窓の少ない一棟。
結衣の指示通りに進んだ先のプレイルームで、その少年は一人、タブレットの青白い光に照らされていた。
蓮
戸籍上には存在しない、私の弟。
彼がゆっくりと顔を上げた瞬間、私は息を呑んだ。
10年前の私に、驚くほど似ている。
そして、彼の首元にも、あの忌まわしい熱湯の痕——
「拒絶の火傷」が、醜く引き連れていた。
「……ぁ、……あ」
私の喉から、微かな音が漏れる。
蓮は表情一つ変えず、ただ無機質な瞳で私を見つめ、手元のタブレットに指を走らせた。
スピーカーから、合成音声が流れる。
『……お姉ちゃん。パパが、迎えに来てって言ってたよ』
「パパは……もういないわ。死んだのよ」
私は掠れた声で、精一杯の言葉を紡いだ。
しかし、蓮はわずかに口角を上げ、再びタブレットを叩いた。
『死んだ?パパは死なないよ。パパは「情報」になったんだから。パンドラのサーバーの深淵で、パパは今も僕たちを見ている』
その言葉と同時に、私のスマホが激しく振動した。
パンドラの画面が自動的に起動し、父の声が再生される。
『栞……蓮。二つの「鍵」が揃った時、真のパンドラが開く。お前たちが互いの声を否定し、食らい合うことで、最強の暗号が完成するんだ』
戦慄が走った。
父は、私たちを競わせることで、より強固なプログラムを生成しようとしていたのだ。
蓮のタブレットには、すでに『パンドラ 2.0』の管理者権限が表示されている。
「蓮、そのタブレットを捨てて! 私と一緒に……」
私が駆け寄ろうとしたその時、プレイルームのドアが勢いよく開いた。
そこに立っていたのは、施設の職員ではない。
「……見つけたよ、栞さん」
九条刑事だった。
だが、彼の背後には武装した男たちが数人控えている。
九条の目は、かつて私を助けた時の温かさは消え、冷徹な「警察官」としての光を宿していた。
「九条、さん……?」
「すまない。…その少年が持つ『データ』は、国家の安全保障に関わる。君の父親が遺した最後の火種を、野放しにはできないんだ」
九条の銃口が、私ではなく、蓮へと向けられた。
蓮は冷たく笑い、タブレットの「送信」ボタンに指をかけた。
『ねぇ、お姉ちゃん。どっちが先に「悪魔」になるか、競争しようか』