テラーノベル
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「あの王様は、いつしか残忍で暴君な性格になってしまってね。」
「私の父、サイモンも犠牲となってしまった。」
「どうか気をつけて。…くれぐれもあの城に近づかないようにね。」
サマンオサの城に足を踏み入れようとした、その瞬間。
先ほど警告してくれた青年の言葉が、ふいに脳裏によみがえった。
……一体、どれほど恐ろしい王なのだろうか。
アイリンはごくりと唾を飲み込む。
だが――勇者の心に、恐れというものはほとんど存在しなかった。
「アイリン……本当に行くんですか……?」
踏み出そうとするアイリンの服の裾を、マゴットがそっと掴む。
その声は、わずかに震えていた。
「もちろんよ。魔王が関係しているかもしれないもの。」
アイリンは振り向かずに言う。
「それに、そうじゃなかったとしても……苦しんでいる人を助けるのが、私たちの役目でしょう?」
その言葉が終わるのと同時に、ロミオとソラが口を開いた。
「……俺たちが行かなかったら、誰が行くんだ。何度も言わせるな。」
「大丈夫だろ。今までも何とかなってきたんだしさ。オレたちもいる!」
どこか慣れた調子の二人。
どうやら、このやり取りは珍しいものではないらしい。
「……はい……っ」
マゴットは小さくうなずき、ようやく覚悟を決めたように歩き出す。
仲間たちと共に、サマンオサの城へ。
勇者一行として旅に出て、もうすぐ一年。
それでもなお――
マゴットは、まだ臆病なままだった。
「……大丈夫だ。」
ロミオが、ぽつりと呟く。
「ここぞという時には、意気地は突然湧いてくるものだ。」
そして、ほんのわずかに視線をマゴットへ向けて付け加える。
「……特に、マゴットみたいな奴はな。」
「あぁ、入れた……」
正面の入口では、「王に呼ばれた者以外は通さぬ」と門前払いを受けた。
仕方なく別の入口を探し、ようやく見つけたのが――青い扉の側面入口だった。
扉の先は、食堂。
「……やけに慌ただしいわね?」
「……もうすぐ夕食の時間だからじゃないのか」
「ソラ、ちゃんと砂を払ってから入ってくださいね……?」
「分かってるって! ……って、うわ、めっちゃ美味そう!」
「あら本当。いい匂い……あれ、何のステーキかしら?」
「……食い物より先に、王様に挨拶だろ」
アリアハン王からの紹介状を確かめ、四人が奥へ進もうとした――その時。
「――ちょっと、あなたたち!」
鋭い声が飛ぶ。
振り返ると、使用人らしき女性が険しい表情でこちらを睨んでいた。
「ここは食堂です。ご用が無いのでしたら、お引き取りください。邪魔です」
「……無断で立ち入ったこと、申し訳ございません。私たちは王様に――」
ロミオが事情を説明しようとした、その瞬間。
「だったら早く向こうの部屋から行ってください!!」
別の場所から、甲高い叫び声が響いた。
「邪魔をしないでください! 食事が遅れたら……私たち、死刑になってしまいます!!」
――その言葉に、空気が凍りつく。
四人は顔を見合わせることもできないまま、ただ無言で指し示された方へと歩き出した。
……食事の準備が遅れただけで、死刑。
想像していた以上に、この城は歪んでいる。
王の狂気は、すでに末端にまで染み渡っていた。
「……だ、大丈夫なんでしょうか……私たち……」
マゴットの声が、かすかに震える。
「まさか……会いに行っただけで、死刑……なんて……」
その言葉は、途中で消え入りそうになった。
「――大丈夫よ」
アイリンは立ち止まり、マゴットの肩に手を置く。
「そんな理不尽、私たちが通すわけないでしょ」
その声音は、静かで――けれど、確かな強さを帯びていた。
玉座の間へ、四人は慎重に足を踏み入れる。
広い空間の奥――玉座には、王が座していた。
白髪の隙間から覗く細い目が、ゆっくりと四人を射抜く。
その視線には、威厳ではなく――ただ、底知れぬ恐怖が宿っていた。
「……何じゃ、貴様ら。怪しい奴らめ」
低く、湿った声。
アイリンは思わず一歩身を引く。
胸の奥に広がるのは、王に対する敬意ではなく――本能的な“危険”の感覚だった。
(……この人、普通じゃない)
それでも、アイリンは息を整え、一歩前に出る。
名乗り、事情を説明しようと口を開きかけた――その瞬間。
「―この者らを牢屋に閉じ込めておけ」
冷たく言い放たれた一言。
「え――」
「なっ……!?」
誰一人として言葉を続けることができない。
「待ってください!私たちは――!」
「黙れ! さっさと連れていかんか!」
王の怒声が響く。
「は、はっ!……さぁ、お前ら!来い!来るんだ!」
兵士に腕を掴まれ、抵抗する間もなく引きずられていく。
アイリンの声は、虚しく玉座の間に消えた。
――そして。
気がついた時には、四人は冷たい牢の中に放り込まれていた。
「大人しくしていろよ」
鉄格子の向こうで兵士が吐き捨てるように言い、去っていく。
もちろん、荷物はすべて没収されていた。
沈黙が落ちる。
その中で、ロミオが低く口を開いた。
「……アイリ。鍵はあるか」
「……ええ、もちろん。こういう時のために――」
迷いなく答え、懐に手を入れる。
そこには――
あるはずだった。
牢を含むあらゆる扉を開く、特別な鍵。
“さいごのカギ”が。
「……え……」
指先が、空を掴む。
「……無い……」
「え……?」
「ウソだろ……!?」
マゴットとソラの声が重なる。
アイリンは信じられないように、何度も懐を探る。
だが、何もない。
ロミオの声が、わずかに張り詰める。
「……最後に、どこで持っていた」
冷静さを保とうとしているが、焦りは隠しきれていない。
「誰かに渡したのか?」
アイリンは目を閉じ、記憶を辿る。
必死に、急ぐように――。
そして、不意に。
一つの光景が脳裏に浮かび上がる。
『悪いなー、勇者さま。覚えてたら返すからよ』
軽薄な声。
鍵をひらひらと弄びながら、笑っていた“影”。
その姿が、はっきりと形を持つ。
「……そうだ……」
アイリンの顔が強張る。
「トワよ……!」
弾かれたように顔を上げ、叫んだ。
「トワに渡したんだわ!!」
コメント
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トワ!?
え、トワ…?!