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もう日が暮れる時、父上が戻ったとソーマが伝えに来た。明日ではなかったか、三日で戻ってきたのか。自分の体よりキャスリンが大切なんだな。
「カイラン様、本日の高位貴族後継倶楽部でエドガー・ハインスが接触してきます」
「エドガー?あいつには避けられているが」
「カイラン様には伝えていませんでしたが、茶会でハインス公爵令嬢がキャスリン様に毒を与える動きがありました。証拠はございませんが、ダントルが阻止した際にキャスリン様が指輪の暗器を見ております」
毒だと!蜂か…父上の情報通りに思惑が動いていたのか。キャスリンに危害を、まさか王宮では殺さないだろうから遅効性か。
「僕はどうしたらいい?」
「ゾルダークがどこまで知っているのか探られると思われます。旦那様が動かれていることをさりげなく伝えていただきたい」
父上は部下に探らせている、証拠を得たのか得ようとしてるのか…ハインスを許さないだろうな。キャスリンを、子を傷つけようとしたのか…
「わかった」
ソーマが部屋から出ていく。
「カイラン様、傷がつきます」
トニーに言われ自分が手のひらに爪を食い込ませるほど握り締めていたことに気づいた。
エドガー・ハインス、王妃の甥だからと持て囃され取り巻きに囲まれている。同じ公爵家の僕が気に入らないのか、夜会で会っても挨拶程度の関係だ。今日は近づいてくるか…わかっていれば対策がとれる。こういうことだな。先を読み父上はキャスリンを守ってるのか。
馬車に乗り倶楽部に向かう。不測の事態に備えトニーを馬車で待たせることにした。
「カイラン様、落ち着いてさりげなくですよ」
「ああ、わかってる。僕は何も知らない」
状況を把握していない風を装えばいいんだろ。
倶楽部に入るといつものように薄暗く酒と葉巻の匂いが漂っている。トニーに酒を飲むなと言われたが、ここは酒しか出さない場所だぞ。口をつけなければいいか。給仕から酒を受け取り奥へ進むと、僕を待ち構えていたエドガーが話しかけてくる。
「ゾルダーク小公爵、久しぶりですね」
「ハインス小公爵」
この組み合わせは珍しいから周りが気にしているな。
「あちらで話しませんか」
妊婦に毒を与えるような奴らの誘いは断りたいが僕に聞きたいことがあるんだよな。
エドガーの示す方ではなく近くの空いたソファへ進み勝手に座る。エドガーは何も言わず隣に腰を落とした。
持ってる酒まで怪しく見える。先に来ていたエドガーだ、何を仕込んでいるかわからないからな。
「小公爵とこうして話すのは王宮の夜会以来ですね」
ただ挨拶をしたのみだけどな、勝手に敵視して会話などほぼしていない。
「そうですね」
「夫人の懐妊、おめでとうございます。まだ婚姻してから日も経たずとは素晴らしい」
エドガーは関わっているのか、父親に頼まれて近づいただけか。
「ありがとうございます。僕は運がいい」
「私ももうすぐ婚姻ですよ、小公爵のように頑張らなければ」
「それはおめでとうございます。楽しみですね」
僕は媚びる必要はないからな笑顔はいらないだろ。
「ゾルダーク公爵はお元気ですか?」
「父ですか?元気ですよ。妻の懐妊を喜びましてね、邸でも転んではいけないと常に騎士に守らせていますよ。大事な後継を宿しているのでね」
エドガーは笑顔を崩さないな。
「公爵が喜ぶ姿など想像できませんね」
「ええ、ですが二、三日前まで機嫌がよかったのに、今は悪くなってしまって、邸の中は嫌な雰囲気ですよ」
頬がひきつっているな、相手の心情を知っているとよく見えるな。知らなかったら特に気にならない程の変化だな。
「公爵の機嫌が悪いとは怖いですね」
「僕でも恐ろしいですよ、部下も慌ただしく動いてますしね」
これくらいでいいだろうか、ゾルダークで何か起こっているとさりげなく伝わっただろ。顔色が悪いな。エドガーとこんなに近くにいたくはない。ちょうど知り合いも見つけたしもういいだろう。
「ああ、あそこに義兄がいますよ。呼んでいいですか?」
答えなど聞かず、ディーゼルに向かって手を上げる。
「あっ…私は先に失礼します」
エドガーは近寄る取り巻き達を振り切り倶楽部から出ていく。
「人を手招きで呼ぶとは偉くなったものだな」
ディーゼルの顔を見ると落ち着くな、エドガーよりはいい。
「お元気ですか?」
「ええ、ハインスとは珍しいな」
周りがそう思うほど僕には近づかなかったからな。
「そうなんですよ、不気味で」
「それで私を呼んだのか」
「はい、助かりました」
「大丈夫か?」
ディーゼルにはいろいろ相談したからな、いきなりキャスリンが身籠って驚いただろう。腑に落ちないだろうな。父上もキャスリンもディーターには話してないはずだ。知らなくていい、キャスリンの腹の子の父親は僕なんだ。
「ええ、順調ですよ。ディーター小侯爵には心配させましたね」
ディーゼルには迷惑をかけた。あの頃とは全てが変わった。懐かしいくらいだ。
「落ち着いたな、キャスを大切にしろよ」
「ええ」
主の執務室の向かいが私の部屋だ。そろそろハロルドにも本邸に部屋を与えることになっている。
ソーマは自室の扉を開け、ソファに座って目を瞑るハロルドを起こす。
「悪いな、一刻は呼ばれないだろう。報告」
首を回して体を伸ばしたハロルドは姿勢を正して座り直す。出立してから足が血塗れになり力尽きたことまで報告した。
ソーマは酒を注ぎハロルドに渡す。ハロルドは騎士ではない、本気で力尽きたんだろう。主は何故あんなに体力があるんだ。今もキャスリン様と睦み合っているだろう。
「真夜中過ぎに旦那様は邸に着き、オットーさんが皆に風呂と食事を手配してくれました。朝には大旦那様の執務室へ向かい、キャスリン様のことを手放せと小瓶を見せて、王の息子にも効いたならカイラン様にも効くだろう、とアンダル様は大旦那様に嵌められたようです」
よくハロルドを退室させなかったな、これは外には漏らせない。陛下の子に薬を盛ったのが大旦那様とは、だがそれで得た利益なら…陛下はゾルダークを罪に問えないな。チェスターに知られれば婚約まで流れる。知っても口を閉ざすだろうな。大旦那様に感謝をするかもしれない。それぐらいの利益を国は貴族は得たのだ。これからも利益は増える。あの媚薬は厳重に保管だ。
「旦那様が手放すことを断ると帰れと、キャスリン様の亡骸を抱けと…旦那様はカイラン様を殺すと、ソーマさんが?」
ハロルドには教えなかったが主からはそう命じられた。
「キャスリン様に危害を加えようと何者かが動いたらカイラン様に毒を盛れと命じられた」
本当は死にはしない毒だが、今は関係ないだろう。ハロルドは頷いている。空になった器に酒を注ぐ。
ハロルドはその後どうやって王都まで戻ってきたのか報告し、酒を呷った。
「もし、馬車は使わず馬で戻っていたら、無事ではなかったかもしれません」
行きも帰りも強行軍だったな、戻っても今夜かと思っていたからな。オットーさんはキャスリン様の重要性を理解されたか。
「旦那様はキャスリン様との子を私に導けと。男だろうと仰っていました」
ああ、ゾルダークの家系図の話か。私はハロルドに過去のゾルダークの記録を話した。
「あくまでも記録だよ、記載しなければ残らない。ゾルダークの当主は女性に拘らない。後継が一人でもそれで良しと考える、大旦那様は若くして奥さまを亡くされているが後添えをもらわなかった。ゾルダークには必要なかったか面倒だからか。大旦那様は両方かもしれんが。ただ男の出生率が高いのは事実だ。旦那様がこのままキャスリン様と仲が良ければ、初の女児を載せられるかもしれない。私は女児を見てみたいよ」
ハロルドに導かせるか、私の後継にするはずではなかったか…お子がある程度育つまでは私の手伝いをさせるか。
「旦那様は私の後継も探すよう仰っています。金はいくらでも使えと」
トニーのことがあるからな、慎重にもなる。乳母も精査している、キャスリン様に会わせて気に入った者を雇えばいい、忙しいな。
「褒美は何がいい?」
いきなり聞かれて困っているな、選択肢を与えるか。
「騎士にも同じことを告げるが、高級娼館か賞与金か」
高級娼館は客を選ぶ。大金を渡して訪れても断られる。高位貴族の名前で予約をしなければ入れない娼館だ。男ならば一度は入りたい所だろう。
「賞与金でお願いします」
「わかった。お前は五日休んでもいい。後で倒れても困る。旦那様の部屋の近くに部屋も用意するから休みの間ゆっくり移動の準備もしてくれ」
私もそろそろ休みたい。仮眠ばかりでは体がもたない。旦那様の留守の間よく眠れたがそれも終わりだ。
「昨日は馬車に乗っていただけです、二日で仕事に戻ります。後継も探したい、複数選抜して騎士や使用人に預け様子を見たいです。キャスリン様の信用できる者にしたい」
ハロルドはあまりキャスリン様に近づけないほうがいいか。主は妬いていたしな、だが私の仕事が増えるな。
「ソーマさん、俺はキャスリン様に恋慕はしてませんよ、尊敬はしてますが。旦那様は人としては欠陥だらけですが、ゾルダークの当主としては秀逸です。そのお二人のお子が楽しみなだけです」
ああ、ハロルドがあと三人いたら私は楽になれるのに。
「勘繰って悪かったな。部屋に戻って休んでくれ」
ハロルドは頭を下げ退室していった。