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夕暮れの教室。
遥は机に突っ伏し、視線は床のシミをただ見つめていた。誰もいない空間に漂う沈黙を、日下部は乱さず、ゆっくりと隣に腰を下ろす。
言葉はない。彼はただ静かに手を差し伸べ、しかし無理に触れることはしない。遥の反応を待つでもなく、自分の存在を伝えるように、その距離を保つ。
遥の呼吸が少しだけ乱れる。腕の震えが微かに伝わる。日下部はそれをただ見つめ、決して急がず、焦らず、そっと存在を示し続ける。
彼の目は揺らがない。言葉にしなくても、伝わる強さがそこにある。
どんなに遥が心を閉ざしても、拒絶しても、逃げても。
彼はそこにいる。壊れかけた遥を責めず、否定せず、ただ受け入れている。
それだけで、遥の中のわずかな亀裂に、小さな光が差し込む。
しかし、その光はまだ小さく、遥の深い闇を完全に照らすには足りない。
それでも、日下部の“沈黙の覚悟”は、確かにそこにあった。
教室の空気は静まり返っていた。夕陽の橙色が窓ガラスに反射し、遥の肩に柔らかく影を落とす。
日下部は、ただ隣に座っているだけだった。声をかけることも、無理に手を伸ばすこともない。ただ、そこにいる。存在を消さずに、しかし決して押しつけずに。
遥の指先が小刻みに震えるのが見えた。彼は何度も何度もその手を握りしめ、またそっと離していた。誰にも気づかれないその震えは、拒絶と欲望の交錯だった。
日下部の視線は穏やかで、しかし揺るぎなかった。どんなに遠くへ逃げたくても、壊れたくても、彼はその場に留まることを選んだのだ。
ゆっくりと、日下部が差し出した手の先が、遥の腕のほんのわずかな部分に触れた。
その瞬間、遥の体が固まった。激しい感情が胸の奥から湧き上がり、涙は出ないけれど、声にもならない叫びがこみ上げた。
けれど日下部は、ただじっと彼の反応を受け止めている。
「逃げていい」なんて言わない。そんな言葉は無意味だと知っているから。
「離れてもいい」なんて強要もしない。ただ、そこにいる。
その静かな存在が、遥の心にとって唯一の揺るがぬ拠り所だった。
でも、遥の内側の痛みは深く、激しくて、それがいつ壊れてしまうか誰にも分からない。
彼は自分を責めながら、同時に、誰かの優しさを求めてしまう罪悪感に苛まれていた。
その複雑な感情が混ざり合い、揺れるたびに、日下部の静かな覚悟もまた試されていた。