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真夜中の海は、昼間とはまるで違う顔をしていた。
灯りの消えた静かな波打ち際に、僕と
――ころちゃんの足跡が並ぶ。
「ねえ、るぅとくん。海の音、都会とは全然ちがうっしょ?」
「はい。こんなに波の音が近くて、心臓に響く場所、初めてです」
ころちゃんがはだしのまま、踵で砂を踏む。
その様子を盗み見るようにして、僕はごくりと唾をのみ込んだ。
八月。
僕はこの田舎の小さな民宿で、夏休み限定のバイトをしている。
エアコンの効いた都会の生活とはひと味違う、不便で騒がしい毎日。
正直言うと、最初はちょっと怖かった。
でも、一番最初に「いらっしゃい!」と両手を振って迎えてくれたころちゃんを見て、不思議と安心した。
「るぅとくんは、あっちで友だち多い?」
「それなり…ですかね。けど、こんなふうに夜の海を散歩できる友だちはいませんでした」
「…!えへへ~~じゃあ僕、都会っこの初めてげっと、だ!」
天真爛漫な笑顔。
いくらでも本音で笑えるんだろうな、とすこし羨ましく思う。
僕自身は、どちらかと言うと周りの顔色をうかがったり、敬語が口癖で、
可愛いとか素直だとか
――そういうのを、誰かにちゃんと伝えるのは今も苦手だ。
「ねぇ、るぅとくん」
「はい。なんですか」
「僕、今日で何回目?」
「えっと……夜の浜辺ですか?」
「そう! るぅとくんと一緒に、こうやって歩くの。数えてたりする?」
「……してないです」
「へぇ? じゃあ僕のこと、そんな気にしてないの?」
言葉の端っこを、ころちゃんはちょっと意地悪に引っぱる。
だけど、その声の奥に照れ隠しみたいな優しさが混じってるのは知ってる。
「そんなこと、ないですよ。ころちゃんが誘ってくれるの、……ほんとに、うれしいですから」
想像より素直な声が出てしまい、ぐっと、胸が熱くなる。
「僕もね、るぅとくんと歩きたくて部屋ぬけてきたんだ」
「……じゃあ、毎晩つきあっちゃいます」
星のない浜辺を、二人の影がずっと並ぶ。
波が歩幅に合わせて寄せては返すリズムだけが、ふたりの距離をはかっているみたいだった。
「都会の人って、怖いとか思ってた。けど、るぅとくん全然怖くない。てか、めっちゃかわいいなあって」
「そ、そんな、もう、ころちゃん……」
「ほら、照れるなって!自信もってよ、僕ほんとにそう思ってるから!」
思わず足が止まり、僕の顔が熱くなる。
ころちゃんは、難しいことなんて苦手なくせに、
ときどきとんでもなく真っ直ぐなことを言う。
「ころちゃんこそ、知らない人ばっかりの民宿に誰もらくに接してて、……僕、一番、すごいと思ってます」
「んへへ……そんなん初めて言われた!」
ぱっと笑って、ころちゃんは僕の腕をつかんだ。
指先がきゅっと触れあって、思わずドキドキする。
「ねぇ、るぅとくん」
「はい」
「都会に帰る日、きたら……僕、寂しくなっちゃうかも」
「僕も……たぶん、同じです。ころちゃんがいないと、すぐに逆ホームシックになりそうで」
しばらく二人、波音だけを聞いて歩いた。
夜風は涼しいのに、僕の心臓だけがやけに熱い。
「るぅとくんは、またここ来てくれる?」
「はい。……ころちゃんが呼んでくれたら、何度でも」
「ほんと?絶対だよ? じゃね、今から約束!」
僕たちは向かい合い、小指をそっとからめる。
「絶対に、また一緒に海歩こうな。俺、るぅとくんとなら……ずっと歩きたいって思ってるから」
「……僕もです。ころちゃんと一緒に、ずっと」
素直に言えた気がして、じわりと胸の奥があたたかくなった。
ころちゃんがふにゃっと猫みたいに笑い、思わず僕も笑いかえす。
こうして、もどかしい夜は静かにふたりの「好き」を育てていくのだった。
夜空に手を伸ばしながら、ふたりだけの約束――波音よりも近い、とびきりの夏の秘密が始まった。