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「こんな……馬鹿な事がっ――」
会敵後――うつ伏せに這いつくばるまで、僅か一分少々。その“有り得ない現実”に戸惑いを隠せない。
両手足の骨は粉砕されたのか、微動だに出来ず。
胃から込み上げて吐き出される吐血は、内臓も損傷しているだろう。
つまりは助かる見込み無し。訪れる死を待つか、あるいは楽にして貰えるか。
何故こんな事態に陥ってしまったのか。そもそもこれは“造作もない任務”だった筈――なのに。
「ぐぅ……」
動かぬ手足は捨て置き、もう一度首だけを上げて事実確認してみる。
やはり有り得ない――
“奴はA級だった筈……”
そして己はS級で在る事。しかも三十三間堂――“第一位”。
戦力差処か、最初から“勝負にすらならない”事は火を見るより明らかだ。
これは勝負ではなく、只の“始末”の筈だった。
だが現実は――S級で在る自分が倒されている。しかも殆ど一方的に。
例えSS級が相手だとしても、そう簡単には倒されないし、善戦出来るとの自負も有った。
“惨敗”
それも『A級如きが』と侮っていた者にだ。
今更後悔しても遅い。これが現実なのだから――だが、これは非常に不味い展開に成りかねない。
“もう明らかに我等に牙を剥けている”
緊急事態発令。報告が必要だ――と。
だが、すぐに気付く――
“どうやって?”
手足は動かせないのだから、操作及び送信も出来ない事に。
「……オヤスミ」
そして、もっと深刻な事に気付いた。
「やっ……やめっ――」
己に“止め”を刺そうと、眼前で腕を振り上げていた事に。
“あんな力……在ったっけ?”
最期に見た光景は――金色に輝く“翼”だった。
“グチャ”
それが何を意味するのか分かる前に、鈍い圧迫と共に思考は途切れ――闇の中へと消えた。
…
※一月一日~早朝――
「わぁ~! やっぱり多いねぇ……。お参りするには時間掛かりそう……」
その人だかりを一目見た悠莉が、うんざり気味に溜め息を吐く。
「日本人って奴は、古い習わしに囚われているからなぁ。家でゆっくりしてた方が良かったかも?」
その両腕には、しっかりと抱えられたジュウベエの姿が。
「駄目だよぉ~。一年に一回しか無いんだよ?」
「そりゃそうなんだが、コイツはこういうのに興味無いからなぁ……。テレビでしか見た事なかったわ此所」
「…………」
その責めている風にも取れる口調に、隣では気まずそう――でもない幸人の姿が。
つまり彼等は此所、増上寺へと初詣に赴いて来たのだった。
少し前の事――
『明けましておめでと~幸人お兄ちゃん!』
『あっ……ああ、おめでとう』
早朝、如月家自宅内にて交わされる挨拶。新たな一年の始まり。
勿論悠莉とは初めての、共に新年迎えという事に。
大晦日の夜は新年を迎える処か、年越し蕎麦を食べる前に悠莉は眠りこけてしまったので、改めての御挨拶と言う訳だ。
『じゃあ早速行くよ~! 早く準備してね?』
『やっぱり本気ですかいお嬢……。このクソ寒い時に……』
『えっ? 行くって何処へ?』
新年早々相変わらずテンションの高い悠莉に、毎年のように静かに新年を過ごそうと思っていた幸人は、その突然の提案が何を意味するのか分からず言葉を詰まらせるが、悠莉の腕に抱えられているジュウベエは事前に伝えられていたのか、揺るぎない彼女の意思に難色を示していた。
『……何言ってるのよ幸人お兄ちゃん。初詣に決まってるでしょ!?』
幸人の対応の鈍さに、悠莉は『もう信じらんない!』とばかりに頬を膨らませ、批難するように声を荒げる。
そう言えばクリスマスの時も、言わなきゃ気付かなかった位だからなぁ――と、数日前の事を振り返った悠莉は、幸人の朴念仁振りに改めて呆れて溜め息交じり。
「――ほら早く並ばないと、日がくれちゃうよ? お腹も空いてきたし~」
「はいはい……」
悠莉に急かされて幸人は、共に行列の前に並ぶ。
まさか初詣等――と幸人の頭には全く無かったが、何にでも興味津々の悠莉に、スポットとして有名な増上寺へと強制的に連れられて来たと言う訳だ。
************
「ただいま~」
結局の処、自宅に辿り着いた頃には既に、午後二十二時へ迫ろうとしていた。
意気揚々と玄関扉を開ける悠莉の背後には、沢山の買い物袋を両手に提げた幸人の姿が。
――と言うより、無駄に連なる福袋の数々だった。
初詣の後もデパートやら何やらで振り回され、結局の処何時ものパターンへ。
悠莉のバイタリティにはもう慣れているので、今更どうという事はないが。
「――ん? 何か依頼っぽいのが来てるな……」
悠莉に抱えられたジュウベエが、その第六感で部屋内の異変に気付く。
「ええ~っ? 正月早々依頼~!? 正月くらい休めばいいのにクズヤロー達も……」
正月早々の面倒事に、当然悠莉はおかんむりの模様。詰まるところ面倒臭いから、この件は無かった事に――と、パソコンの方へは目も呉れず、ソファーへ深々と腰を降ろした。
幸人としては一応の確認をと、パソコンの電源を立ち上げる。
浮かび上がる液晶。狂座のメイン画面。
ジュウベエは興味が有るのか、悠莉の下から幸人の左肩へ飛び乗り、液晶画面を凝視。
「ありゃ? これは依頼っつうより、粛正依頼通達か?」
表示された主旨の内容に、ジュウベエは声を上擦らせた。
“粛正依頼”
組織内にて不祥事を起こした者を、内密に処罰――つまり消去する、組織からの依頼。
「ええ~っ! 粛正って……まさかボクとか?」
あの時の事が、まさか洩れていた訳でもあるまいが、悠莉がその通達に不安そうな声を上げながら、ソファーから立ち上がっていた。
「いや……それは無いと思うよお嬢。それにこれは“幸人個人”への依頼通達みたいだ」
ジュウベエのフォローは間違ってはいない。今回は幸人個人への勅命の主旨が、はっきりと液晶画面には記されていた。其処に悠莉の名は無い。他の誰かの名も記されてはいないが。
「良かったぁ……って、幸人お兄ちゃん程の人に直接っ!?」
基本粛正は対象者より、上の位の者に通達されるのが普通だが、SS級である幸人へ勅命されるとは如何程の者なのか。
悠莉は自分でない事に安堵するが、どうにも腑に落ちない。粛正は基本、S級の者で事足りる。対象者がそれ以上でない限り。
「……お前達は家で留守番しといてくれ。話を聞きに行ってくる」
それは幸人も同感。腑には落ちなくとも、勅命とあれば赴かない訳にはいかない。
幸人は立ち上がり、黒衣を羽織って出て行こうとするが――
「ボクも行く~! ルヅキに新年の挨拶しなきゃ」
当然こうなる。言っても訊かないだろう。
それが十二分に分かっているからこそ、幸人は悠莉を無理に止めようとはしない。
「話を聞くだけだからな?」
「は~い。じゃあ出発進行~」
何時も通り共に赴く――闇の仲介所へと。