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「ル~ヅキ。明けましておめでと~」
――闇の仲介所。何時もの場所。扉を開くなり、確認もせず悠莉が新年の御挨拶だ。居る事は分かっているから。
「明けましておめでとう悠莉。そして……雫さん」
当然のように椅子に腰掛けた琉月は悠莉へと、そして背後に居るであろう幸人へと挨拶。
「ねえねえルヅキ~、今日はね、幸人お兄ちゃんと初詣に行って来たの――って! あっ……」
てっきり此所には琉月しか居ないと思っていたのだろう。悠莉は彼女の下へ近寄ろうとしたが、室内に居る“もう一人の人物”の存在に気付き、後から踏み入れた幸人の背後へと、隠れるように回り込んだ。
「それは良かったわね――って、どうしたの悠莉?」
突然の悠莉の行動に、琉月も怪訝に思う。
「だって~、苦手なんだもん……」
悠莉が苦手と称する、室内に居る彼等以外の人物。幸人も一目見るなり、驚愕に近い瞳を見開いた。
「やれやれ……悠莉は私には厳しいのですね」
琉月の背面に佇む人物。
「ああそれと……久し振りですね幸人、いや――“雫”」
その人物は悠莉の毛嫌い感な行動に嘆いた後、幸人の方に手を上げて応えた。
「ああ……久し振りだな春樹、いや――コードネーム“霸屡(ハル)”」
幸人も同様に返す。御互い顔見知りのその人物は――
「眼鏡の方の調子はどうですか? 貴方も時雨のようにコンタクトにすれば好いのに……。貴方さえよければ何時でも身繕いしますよ?」
「いや……これでいい。そう言うお前こそ、隠しきれてないみたいだが?」
「はは……これは単なる眼鏡ですよ。此所では必要ありませんから――」
突然世間話を始める二人。話内容から、どうやら“異彩色魔眼擬装式眼鏡”の事についてだが、幸人とは違い、彼はそれを擬装していない。
幽暗な室内には場違いな程に映える白いロングコートに、雫の銀色とはまた異なる深い灰色の毛髪と、それに呼応する異彩色魔眼の特異点――
「まあレベルだけは擬装してますけどね。……警告音を鳴らさない為に」
この霸屡と呼ばれた人物こそ、狂座の中核を担う管理部門――そのトップである統括。
生体測定機サーモを始め、現在の科学では実現不可能な現象物を数多く生み出した、表に於いてはIT文明の革命児――『花修院 春樹』その人だった。
「――で、狂座の二大トップが揃って何事だ? それに俺への勅命とは……」
世間話をしに来た訳ではない。本来の主旨の説明を――と、幸人は霸屡との会話を遮り、琉月と二人、交互に見渡す。
「ええ、それなんですが……狂座にとって、もしかしたら未曾有の危機かもしれないので。貴方にとっても、大いに関係有る事柄なのでね」
霸屡も急に神妙な面持ちになって、眼鏡を指でクイッと上げながら、今回の事の発端を語り始めた。
「……どういう意味だ?」
“大いに関係有る事柄”
それが引っ掛かったが、身に覚えは無い――と言うよりは、この裏の仕事に携わる中では、知らぬ内に他方から恨みも買うだろうし、身に覚えは有り過ぎるが正しい。
「それは……琉月からお伝えした方がいいでしょう――琉月?」
状況説明はあくまで仲介人の役目。霸屡はそう片目で琉月へと促した。
「はい……そうですね。先ずは先日の事ですが――“三十三間堂 第一位”が死亡した件からお話致します」
琉月はそう、幸人が此所に勅命で呼ばれた理由の前に事の発端。狂座にとっては、余りに衝撃的な実状から語り始めた。
「なん……だと?」
これには流石に幸人も驚きを隠せない。
この第一位が死亡するという事が、如何なる意味合いを持つのか――
「三十三間堂の現第一位は、確か凱羅(ガイラ)だったな。死亡と言う事は、事故か何かか?」
俄には信じ難い事実。簡単に依頼失敗するような者ではない事を、幸人はその者の実態から知っている。
ならば考えられる事は、“表”に於ける不慮の事故か何か。
「いえ……サーモの生体反応から、殺された事は間違いありません」
だが琉月は事故死の可能性を否定する。つまり――執行中、もしくは闘いの最中に死亡したと言う事。
「我々もこの事態を重く見ています。S級エリミネーター三十三間堂第一位、コードネーム『凱羅』は高位異能――具現化系異能に於ける“重火器具現化”の保有者で、臨界突破レベル『170%』越えのS級第一人者でした。その彼がまさか……」
口を挟んだのは霸屡だ。
“SS級には及ばなくとも、名実共に狂座のトップの一人で在る事に間違いない”
組織にとって有能な人材を失った由々しき事態。そして損害と痛手――それが如何に遺憾であるかを、彼は額を抱えて憂いていた。
つまりは非常事態――
「だがちょっと待て? 今回は粛正の筈……。殺されたのなら恐らく戦闘の最中。組織の中でアイツを上回れる者となると――!」
確かに由々しき事態だが、幸人は自分で言って気付く。三十三間堂第一位を倒せる者となると、その上――“SS級”位しか該当者が居ないという事に。
幸人は室内を見回す。
SS級で呼ばれたのは自分一人。
この場に居ないもう一人のSS級、時雨――そして未だに姿を見せない、もう一人にして最後のSS級である、仲介人琉月の兄とされる人物を。
そのどちらかなのか――
「確かに彼を倒せるとしたら、SS級の可能性と考えるのが妥当でしょう。ですが今回は……」
だが琉月はその可能性を否定もしないが、肯定もしない。その口調は穏やかではないが、この場に姿を見せない二人ではない事を言っているのも確か。
「何か難しい話だね……」
「まあ、お嬢は気にしなくていいさ……」
悠莉は今回の話は口出しするのも憚れるのか、部屋の片隅でちょこんと座って、腕に抱いたジュウベエと密談中。
同じS級、三十三間堂同士とはいえ、悠莉は凱羅なる者をよく知らないみたいなので、元より話に加わりようがない。
狂座のトップ同士、三つ巴のやりとりを、悠莉は大人しく見守っていた。
「覚えていますか雫さん……“羽崎 勝弘(ハザキ カツヒロ)”の事を――」
突然脱線した感のある、琉月から幸人へと向けられたその者の名を。
「……誰だろうね?」
「――っ!!」
悠莉にはその名前に聞き覚えは無かった。
だが幸人はその名を聞いて目蓋が動き、そしてジュウベエも身体をビクンと震わせた。
「……ジュウベエ?」
悠莉はその反応を怪訝に思う。
一体何が? そしてどんな関係が――と。
「羽崎 勝弘……“元”狂座執行部門所属エリミネーター、コードネーム『錐斗(キリト)』。その最終位階――“A級”」
交互に代弁するかのように、霸屡が口を開く。突然“下の位”の者の事を語り始めた訳とは――
「…………」
だが幸人は口を挟まない。
「約四年前になりますかね、彼は執行中に死亡が確認されました。そして雫……彼は貴方がまだS級だった時の同期であり、そして――“同郷”でもあった」
「……何が言いたい?」
霸屡の今更感で、当て付けと言える言葉に幸人は業を煮やす。
幸人もかつては“下の位”から現在の地位まで上がってきたのは当然として、その過程で同期の同僚が居たのも当然。時雨ともそうであるように。
「アイツは死んだ……。何故それを今更持ち出す?」
問い返す幸人の言葉には、感傷を含む“棘”が感じられた。
それは同僚の死を慎んでいるのか。それとも――
「まあ落ち着いてください。琉月?」
またしても話を中途半端に打ち切り、霸屡は琉月へと話を振る。
そのあやふやさはまるで――
“幸人への尋問? 或いは……”
「はい。また話が変わりますが、先月――“熊本支部”のエリミネーターの方々が、何者かに次々と殺害されていく事件が発生しました。下から上はA級まで、片っ端から……」
「だから……それが何のっ――」
未だにはっきりとさせぬ、あやふやで飛び抜けた説明しかせぬ彼等に、幸人の苛つき具合は尋常ではない。
「どっ……どうしたのかなぁ? 幸人お兄ちゃんがちょっと怖い……ねえジュウベエ?」
「…………」
傍目で見ても分かる位の幸人の態度。悠莉は何時もの幸人への変化に戸惑いながら、ジュウベエにその訳を振るが――彼も答えず沈黙を貫いている。
“ジュウベエも何か知っている?”
これはただ事ではなさそう――と、悠莉は今回の件に於けるその“かつて無い予感”の前触れに、急に不安になった。
それは――“もう二度と以前に戻れない”ような。