伸は、ソファに座りながら言う。
「そんなことないよ。むしろ暇なくらい。フォレストランドも、鳴り物入りでオープンしたわりに、今じゃ、たいした集客率でもないしね」
最近は特に、来場者が減っている気がする。
「それならいいけど、あなたの体が心配よ」
高校生のときには、入院したり、騒ぎを起こしたりして、ずいぶん心配をかけてしまったが、その後は、特に病気もしていない。だが、あのとき以来、母は、伸の心や体のことを、とても気にするようになったのだ。
「大丈夫だよ。ありがとう」
キッチンで食事の用意をしながら、母が言う。
「なんなら、そろそろカフェのほうを手伝ってもらおうかな。お母さんも年だし、もう十分修行になったでしょう」
「うん……」
それもいいかもしれない。二人でやれば、メニューももっと増やせるし、将来的には、もう少し店舗を広げてもいい。
この機会に、マンションを引き払って、ここに戻って来ようか……。
母には大丈夫だと言ったし、自分でもそのつもりだったのに、夜半、目が覚めると悪寒がした。久しぶりに実家に帰って気が抜けたせいか、精神的なダメージのせいなのか、発熱していたのだ。
翌朝になっても熱は下がらず、やむを得ず、仕事を休むことにして、中本に、電話で事情を話した。
「悪いけど、今日一日だけ頼むよ」
「任せてください、って言いたいところですけど、わからないことがあったら電話してもいいですか?」
「あぁ、もちろん」
「団体客、来週でよかったですよ。それじゃ、お大事に」
「悪いね。ありがとう」
電話を切ると、そばで聞いていた母が言った。
「病院に行って来なさい」
「寝てれば治るよ」
だが、母は顔をしかめる。
「ちゃんと治さないと、みなさんに迷惑がかかるでしょう」
「それもそうか……」
母の言う通りだと思い、午前中に、近くの病院に行って診てもらい、帰って来てからは、ずっと部屋のベッドで横になっていた。その日の夜も、そのまま実家に泊まることにした。
夕方になって、沙也加から電話がかかって来た。何か困ったことでもあったのかと心配したが、それは、伸が予想したこととは、少し違っていた。
「主任、あの子がまた来ているんですけど」
「あの子って?」
「あの西原っていう、高校生の男の子ですよ」
本当は、聞く前からわかっていたが、やはり有希のことだ。
「……それで、なんだって?」
「主任に会いたいって言うから、今日は病欠ですって言ったら、主任の住所を教えてほしいって言うんです。さすがに、それはまずいですよね」
「そうだね。それに、今は実家にいるんだ」
「そうなんですか。じゃあ、彼には、うまく言っておきます。主任、お体の具合はいかがですか?」
「うん。明日には、なんとか行けそうだよ」
「よかった。ここだけの話ですけど、中本さんだけじゃ、なんだか頼りなくて……」
「面倒をかけて悪いね」
「いいえ。お大事になさってください」
電話を切って、枕に頭を戻す。参った。そう簡単には、あきらめてくれないか。なぜそんなに、俺なんかにこだわるんだ……。
そろそろ、中本や沙也加も、不審に思い始めていることだろう。いくらなんでも、有希は、二人の関係を彼らに話したりしないだろうが、絶対ないとは言い切れない。
そんなことを思いながら、いつの間にかうとうとしていたのだが、突然、母の声に起こされた。
「伸。ちょっと起きてくれる?」
見ると、母が部屋の入り口に立ってこちらを見ている。
「起こしてごめんね」
「いや……」
ぼんやりと母に視線を注いでいたが、母の次の言葉で、一気に目が覚めた。
「お店に、西原さんっていう男の子が来ているんだけど。あなたに会えないかって」
あわてて起き上がると、かすかにめまいがしたが、かまわず言う。
「わかった。今、下りて行くよ」
まったく、なんてやつなんだ。パジャマを脱ぎ捨て、病院に行くときに着ていたシャツとチノパンツに着替える。
階段を下りて、店舗に続くドアを開けると、カウンター席に座っていた有希が立ち上がった。テーブル席には、主婦らしい二人連れがいて、食事をしながら談笑している。
伸は、不安そうな顔でこちらを見ている有希のそばまで行く。母も、不思議そうに様子をうかがっている。
伸は、ドアを指して言った。
「奥で話そう」
それから、母に向かって言う。
「いいよね」
「もちろん。どうぞごゆっくり」
母は、有希に向かって笑いかけた。
「座って」
居間に行き、ソファを指して言いながら、自分も、向かい側に、どさりと座る。体調がよくないのと、憤りを感じているせいで、有希を気遣う余裕がない。
有希は、上目遣いにこちらを見ながら、おずおずと腰かけた。
「どういうことか、説明してくれるかな」
有希は、膝の上に鞄を引き寄せ、持ち手を握りしめながら話し始める。
「やっぱり伸く、安藤さんの言うことに納得がいかなくて、もう一度、ちゃんと話したいと思って、レストランに行ったんだ。何度も行くのはよくないと思ったけど、電話しても出てくれそうにないから。
そしたら、ポニーテールのおねえさんが、伸、じゃなくて、安藤さんは病気で休んでいるって……」
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