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40 - 第40話 実家のソファで有希と向かい合うこととオムカレーセットと再び噴水の前

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2024年07月19日

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「それで、沙也加ちゃんが、ここを教えたの?」


 さっきの電話で、余計なことを言わなければよかったと後悔する。


「あのおねえさん? 違うよ。個人情報がどうとかで、住所は教えられないって言われた。


 僕がよっぽどしょんぼりして見えたのか、おねえさんが、『ごめんね。でも主任は今、実家にいるみたいだから』って。


 それで僕が『実家ってどこなんですか』って聞いたら、この近くでカフェをやっているって」


 思わずため息が漏れる。



「おねえさんは悪くないよ。あとは僕が、勝手にネットで調べた。そしたら、すぐにわかって、グーグルマップを見ながらここまで来たんだ」


「そうか……」


「伸くん、じゃなくて、えぇと」


「『伸くん』でいいよ」


 伸が、その呼び方はやめてくれと言ったことを律義に守ろうとしているらしいが、いちいちまどろっこしくてかなわない。



「じゃあ、伸くん。具合が悪いんでしょう? 大丈夫?」


「あぁ」


 本当は、あまり大丈夫ではない。まさか、実家のソファで有希と向かい合うことになるとは思わなかった。また熱が上がりそうだ。


「僕、わからないことだらけで、一方的に付き合えないって言われても、やっぱり納得がいかないよ。記憶がないからって言っても、恋人同士だったのに」



「ちょっと待った」


 伸は、有希の言葉を遮る。


「ここで、その話は勘弁してくれよ。すぐそこに母親がいるんだ」


 伸の母は、息子の恋人が同性でも、すぐに受け入れられるような、有希の母親とは違う。もっとも、そんな話をしたことは一度もないので、本当のところはわからないが。



「あ……ごめん」


 有希が、気まずそうにうつむく。


「この話は、また改めてしよう。後で電話するよ」


「本当? 待ってるよ」


 有希は、真剣な目で伸を見つめた。





 彼は、顔色が悪く、話すのも辛そうだった。有希は、後先も考えずに、実家まで押しかけて来たことを後悔した。


 これでは、本当に彼に嫌われてしまう。いや、もしかすると、こういうところを嫌われて、別れを告げられたのだろうか……。


 自己嫌悪に陥りながら、一人店舗に戻ると、彼の母親が、にこやかに迎えてくれた。



「もう、お話はすんだの?」


「はい」


「よかったら、何か召し上がって行ったら? でも、この時間じゃ、お夕飯に差し障るかしらね」


「いえ。夜は、いつも一人なんです。今日は、ここで夕飯にしようかな」


「あらうれしい。じゃあ、これ」


 彼の母親が、メニュー表を差し出した。


 こんなことをしたら、余計に嫌われてしまうかもしれない。そう思い至ったのは、オムカレーセットとアイスティーを注文した後だった。





 数日後の夕方、仕事を終えて、噴水の前まで行くと、有希が、先に来て待っていた。密室状態にならず、かつ人目を気にせずに話が出来るところはどこかと考えたのだが、ここ以上に適した場所を思いつかなかったのだ。


 中本たちに見られないとも限らないが、従業員の通用門とは反対側の位置にあるので、それほど心配はないだろう。


 有希は、あの日のようにスマートフォンをこちらに向けたりはせず、立ち上がって、伸が近づいて行くのを待ち構えている。



「お待たせ」


「うぅん」


 伸がベンチに腰を下ろすと、有希も、それに倣った。さっそく、伸は問いかける。


「俺は、何を話せばいいかな」


 ちゃんと説明しない限り、有希は納得してくれそうにない。だから、話せる範囲のことだけは話そうと思って、ここに来たのだ。


「えぇと、いろいろあって、何から言えばいいのかわからないけど……」


 有希は、顎に指を当てて考えている。


「ゆっくりでいいよ」


 とは言え、閉園時間まで、あまり間がないが。



 やがて、有希が口を開いた。


「まず、僕が知りたいのは、僕と伸くんが恋人同士になった経緯っていうか」


 いきなり核心を突かれ、ぎくりとするが、いつか、彼が母親に語ったことをそのまま話す。


「君がアルバイトの面接に来たとき、緊張して具合が悪くなったのを、俺が介抱したんだよ」


「ふぅん。でも、そこからどうして?」


「それは……どうしてかな。波長が合ったというか、なんとなく惹かれ合ったというか」


 内心、冷や冷やしながら答える。まったく、彼は侮れないと思う。



「ふぅん……」


 納得したのかどうかわからないが、それについては深追いすることなく、話は先に進む。


「それで、僕たちは付き合っていたんでしょう? だったら、えぇと、キス、とか」


 言いながら、有希は顔を赤らめているが、最初から、えらく積極的だったのは彼のほうだ。だが、そこは簡潔に答えておく。


「それは、まぁ」



 そこから先を聞かれたら、どう答えるべきかと、内心あせったが、それらの記憶がない今の有希は、恥ずかしそうに続ける。


「じゃあ、じゃあさ、伸くんは、僕のことが好きだったんでしょう? だったら……」


 言葉が途切れたので、顔を見ると、思いがけず、有希は涙ぐんでいた。


「どうして泣くんだよ」


 愛し合った記憶もないのに。


「だって……」


 有希がしゃくり上げる。胸が苦しい。何も考えずに抱きしめることが出来たなら、どんなに楽だろう。

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