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**第十八話 猿よ
**
重みが落ちてくる。
胸がわずかに沈む。
息が押し出される。
目は閉じたまま。
動けない。
だが、分かる。
上にいる。
跨っている。
座っている。
血で濡れた椅子に腰かける猿よ。
ふと、胸の奥でそう思う。
遺体に座るなんてよくやったものだから。
彼女の膝が、私の肋を押す。
体温が、わずかに伝わる。
温かい。
煩わしい。
指一本、動かせない。
喉も閉じたままだ。
声は出ない。
出せたとしても、出さない。
重みは安定を探すように揺れ、やがて落ち着く。
便利だと思っただろう。
言葉にせずとも分かる。
彼女はそういう人間だ。
誇りも、家名も、戦功も。
人を殺めて築いた椅子に、血で濡れた椅子に、代々腰かけてきた家の娘。
今は、それを私の上でなぞっている。
滑稽だ。
寒さは遠い。
痛みも遠い。
ただ、圧だけがある。
やがて重みが離れる。
布を掴む感触。
再び引かれる。
地面が背に擦れる。
雪が増えている。
空気が変わった。
彼女はまだ進む。
頂へ。
証明のために。
好きではなくていい、と言っていた。
それは構わない。
もとより、こちらも同じだ。
足が止まらないらしい。
止まれば崩れるのだろう。
崩れればいい。
そう思う。
まぶたの裏が白む。
反射のようにわずかに目を開ける。
夜空。
雪片。
私は終わっていない。
それさえわかればすぐに閉じる。
彼女は気づかない。
私が生きていることを。
そして、自分の足跡が消えていることも。
雪は静かだ。
重みは遠ざかり、また近づく。
いっそ、このまま逃げ出して自由になれたなら。
どれほど良かったものか。
このまま目が覚めず、彼女のいない場所に立てたなら。