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「予定も決まったし、もう寝よう……夢にアウレーリアちゃんが出て来てくれないかな……」
朝になり目が覚める。
アウレーリアちゃんは夢に出てきてくれなかった。ちょっと寂しい……。
いつもの早朝、ほとんど誰も起きてない時間。
いつもだったら公園に行って少し遊んでくるけど、もうそんな寂しいことをする必要はない。
「でも、どうしようかな。二度寝するのももったいない気がするし……」
朝の空気はすごくおいしいし、外に出るだけでも気分が軽くなる。
せっかくだから外に出たい。
外に出るんだったら思いっきり身体を動かしたい。
「ランニングでもして、体力をつけようかな……」
私は魔力が全くない。獣人は魔力が低い人が多いけど、全くないのは私だけだ。
そのせいで学校に入ってからはいじめや陰口がひどくなった。
……だったら、魔力がなくても強い獣人だと証明させればいい、体力で。
獣人は強ければそれだけで敬われる。魔力が低くても戦闘能力が高い獣人は尊敬される。
「それに……」
昨日の公園での鬼ごっこでアウレーリアちゃんを捕まえた時……『あははは、すごいよー! ザナーシャちゃん、すごくあしがはやいよ!』 アウレーリアちゃんが褒めてくれた……。
他の獣人に尊敬されるより、アウレーリアちゃんに褒められる方がずっと嬉しい。
アウレーリアちゃんに褒めてもらうためにもっと速く、強くなる。
あのキラキラした笑顔ですごいと言ってくれるだけで、私はなんでも頑張れる気がする。
「お母さん、今日からランニングすることにする」
「そうなの? 公園は……もういいのね?」
「うん。公園に行くより強くなりたい。強くなってアウレーリアちゃんに褒めてほしい」
「……そう、頑張ってね。お母さんはずっと、ザナーシャの味方だからね」
「ありがとう。行ってくる」
「お風呂を沸かして待ってるから、怪我しないようにね」
「うん」
外の空気はいつもの通りだけど、今日はより一層気分が軽い。すごい新鮮な気分。
昨日までは公園に行って自分を慰めるだけの惨めな時間。
でも、今日からはアウレーリアちゃんに褒めてもらうための訓練の時間だ。
とりあえず、今日は初めてだから10kmくらいにしとこうかな。
無理して怪我をしたらアウレーリアちゃんに会えなくなる。 遊ぶ約束もしてるんだし、無理はしないでおこう。
「……」
5kmくらい走った。
すごく身体が軽い。今までに感じた事のない軽さだ。
アウレーリアちゃんの笑顔が浮かぶだけで疲れが飛ぶ感じがする。
「ただいま」
「おかえりなさい。怪我はしてない?」
「うん、大丈夫だよ。距離も10kmくらいしか走ってないからあまり疲れてないよ」
「よかった……。お風呂の準備が出来てるから入ってくるといいわ。その後にお母さんの特別のマッサージをしてあげる。すごく気持ちよくて疲れも取れるから」
「ありがとう、お母さん」
お風呂から上がった後はお母さんにマッサージしてもらった。
マッサージしてもらうほど疲れてるわけじゃないけど、お母さんが私を心配してやってくれるのは嬉しい。
「どう、気持ちいいでしょ?」
「うん、すごく気持ちいい。ありがとう、お母さん」
「……このマッサージを覚えて、アウレーリアちゃんにやってあげたらどう? 喜ぶと思うわよ」
私がアウレーリアちゃんにこのマッサージをしてあげる……?
マッサージをしてあげて「気持ちいいよ」とか言ってもらえたらすごく嬉しい。
私はアウレーリアちゃんにたくさんの初めてをもらったし、今後ももらい続けると思う。
恩返しがしたいな……。
「……お母さん、マッサージのやりかた教えて。アウレーリアちゃんに気持ちいいって言ってほしい」
「任せなさい。……いつか、やってあげられるといいわね」
「うん」
マッサージの後は朝食をとって小学校に行く。今は新1年生。
昨日までは学校が嫌だった。行ってもいじめや陰口を叩かれるだけだったから。
今日からは違う。アウレーリアちゃんの為に強くなるって決めた、ほめてほしいから。
それに、学校が終わればあの笑顔が待ってると思えばなんでも耐えられる。
「化け猫、不幸がうつるからちかよるなよ」
「移されたくなかったらあなたが近寄らないで」
「魔力がないくせになまいきだぞ!」
「魔力がないからなに? あなたは私より強いの、モーリス君?」
「強いに決まってる! しょうぶしろザナーシャ!」
廊下で駆けっこして圧勝したら捨てセリフを吐いて逃げて行った。
ちょっと頭がいいからって威張ってたからちょうどいい、スッキリした。
いつもみたいに私がビクビクするのを見て楽しみたかったんだろうけど、今の私にはアウレーリアちゃんの笑顔がついてる。なにを言われてもなにをされても怖くない。
ゴォーン……ゴォーン……ゴォーン……
4時間目が終わってやっと放課後だ。
もうすぐアウレーリアちゃんに会える、あの笑顔をもう一度見れる。
「ただいま」
「おかえりなさい。すぐにアウレーリアちゃんのところに行くの?」
「うん、すぐに行くつもり」
「そう。あちらのご家族へのお土産上げがあるから持っていってね」
「わかったよ」
着替えてアウレーリアちゃんの家に向かう。
お土産は高級なお肉と手紙だった。
年1回、私の誕生日にだけ食べられる高級お肉。
お母さんなりの最大限のお礼で、すごく奮発してると感じる。
……アウレーリアちゃんを認めてくれてるんだ。
お母さんにも、アウレーリアちゃんと話をしてもらって、その優しや明るさを感じてほしい。
そんなことを考えてたらすぐにアウレーリアちゃんの家に着いた。
ドキドキする……この中にあの笑顔が待ってる。
ピン、ポーン……
「はーい。ザナーシャちゃん、いらっしゃい。どうぞ上がって」
「はい、お邪魔します」
「さ、座って休んでて。今ジュースを出してあげるわね」
「ありがとうございます。これ、うちの両親からご家族にどうぞって渡されました」
「あらあら、まあまあ……。ご丁寧に、ありがとうございます」
アウレーリアちゃんのお母さんはお肉を見てビックリして、手紙を見て笑顔で頷いてる。
手紙の内容は知らないけど、これからもよろしくおねがいします的なことが書いてあるんだと思う。
「アウレーリアはちょっと待ってね、今お風呂掃除させてるから」
「え?」
3、4歳の子供にお風呂掃除? やっぱり虐待されてるんじゃ……。
「あの馬鹿娘、近所の子と喧嘩しちゃってね。相手の子を叩いたから罰でお風呂掃除させてるのよ」
「アウレーリアちゃんが喧嘩?」
あの明るくて優しいアウレーリアちゃんが喧嘩? しかも相手を叩いた? 全く想像がつかない……。
相手の子はアウレーリアちゃんのなにが気に入らなかったんだろう?
あんなに優しくていい子は他にいない。
……アウレーリアちゃんが原因じゃないよね? きっと、相手の子がアウレーリアちゃんに先に手を出したんだと思う。
「おかーさーん、おわったーーー……」
「はい、お疲れ様。ザナーシャちゃんが来てるわよ」
「え! ザナーシャちゃん!」
死にそうな声がパッと明るくなった。
声を聴くだけで安心できる。嬉しい、この声が聞きたかった。
そして……あの笑顔。気持ちが満たされる。
学校で受けた色々ないじめや陰口の嫌な気分が一気に吹き飛んだ。
「ザナーシャちゃん、やっぱりかわいいよー!」
私と目が合ったアウレーリアちゃんが、そのまま走って抱きついてきた。
両親以外で抱きつかれたのなんて初めて……すごくドキドキする。
……また初めてをもらっちゃったよ、ありがとう。
「いいにおいがするよーーー。かわいくていいにおいがするなんてずるいよーーー」
顔を私の胸に押し付けていい匂いがすると言ってくれた。抱きついたまま顔を私にこすってる。
いい匂い……そんなことは初めて言われた……。両親にだって言われたことはない。
アウレーリアちゃんはどれだけの初めてを私にくれるのかな。 嬉しすぎて涙が……。
「ありがとう、嬉しいよ……。ホントにありがとう、ありがとう……」
「どうしたの、ザナーシャちゃん! なかないで! ふいてあげるよ!」
嬉しいよ……涙を友達に拭いてもらうのも初めてだよ……。
嬉しい、嬉しい、嬉しい……。
「ゴ、ゴメンね……悲しくて泣いてた訳じゃないから大丈夫だよ……」
「ほんとにだいじょうぶ? つらかったらいってね。わたしはザナーシャちゃんのおよめさんだから!」
「……うん」
私のお嫁さん、か……。きっと、大人になったらそれを忘れて違う人のお嫁さんになるんだよね……。
それが子供の約束。ホントに結婚出来るはずがない、遊びの延長の「お嫁さん」。
アウレーリアちゃんが他の人のお嫁さんになる、私から離れる……考えただけで胸が苦しくなる……。
考えちゃダメ、今を大事にしよう……。
アウレーリアちゃんは、今、私の目の前にいて私を心配してくれてる。
それが全て。今はその幸せをしっかり感じるだけでいい。
「あそびにいきたいけど、おふろそうじでへとへとだからちょっとへやでやすむ。ザナーシャちゃんもへやにいこ、おしゃべりしたい」
「う、うん」
友達の部屋……また初めての経験だよ。嬉しい、ずっと一緒にいたいよ……。
「あー、つかれたーーー、ベットがきもちいいよーーー……」
「お邪魔します」
ここがアウレーリアちゃんの部屋。
可愛い部屋。年相応というか、ちょっと過激な可愛さというか。
きっと、可愛いものがすごく大好きな女の子なんだ。
それに……すごくいい匂い……。
アウレーリアちゃんは私の匂いをいい匂いって言ってくれたけど、私にはこの匂いが一番いい匂いに感じる。両親の匂いより、森の匂いより落ち着く。
私、どうしちゃったのかな……。獣人が森の匂いより落ち着くとか、他の獣人に言ったら馬鹿にされていじめや陰口がひどくなると思う。
「すごく可愛い部屋だね」
「……」
「……アウレーリアちゃん?」
「すぴー……。すぴー……」
「……寝ちゃったの?」
「すぴー……。すぴー……」
寝てる……。寝る子は育つとかいうけど、それかな?
昨日も晩御飯直後に寝てたし、眠たい年頃とか? 私も3、4歳の頃はこうだったのかな……。
「すぴー……。すぴー……」
寝顔も可愛いいな。ずっと見ていられる。
「あら、この馬鹿娘はザナーシャちゃんがいるのに寝ちゃったの?」
「そうみたいです」
「昨日に続いて御免なさいねー。ジュースとお菓子置いておくから、好きなだけゆっくりしててね」
「ありがとうございます」
ジュースとお菓子をつまみながら部屋を見渡す。
ホントに可愛い部屋。
こんなに可愛いものが大好きな女の子が私を可愛いって言ってくれた……。
この部屋の可愛さと私の可愛さが同じってこと? 私のことがどれだけ可愛く見えてるのかな……。
部屋にある姿見には私が写ってる。
化け猫、出来損ない、悪魔の子、呪われた子……。
そう言われ続けた外見。獣人には侮蔑されて忌避される白銀の髪に金目、根暗な表情で冷たい印象の顔。
それをすごく可愛いと言ってくれて、すごくいい匂いと言ってくれた。
「すぴー……。すぴー……」
……寝てる顔が可愛い。
顔に触れても可愛い、髪を触っても可愛い、手を握っても可愛い、匂いを嗅いでも可愛い。
……抱きしめても可愛い。
私、おかしくなっちゃったみたい……昨日会ったばかりの友達にベットで抱きついてる。
寝てるのに……ゴメンね……。
大好き……。
昨日会ったばかりなのに、もう大好きになっちゃったみたい。
このぬくもりもを離したくない……もう、アウレーリアちゃんなしじゃ生きられない。
ずっと一緒にいたいよ、どこにも行かないでね……。
「むぐ……」
「ッ!?」
起きちゃった!?
「ん~、ザナーシャちゃん……。もう、あさ~?」
私は慌てて立ち上がって服を整える。
「んっ……朝じゃないよ。今はお昼の2時過ぎだよ」
「ん~、おひるなのに、なんでねてるの~」
「お風呂掃除で疲れちゃったんだよ」
「あ~、そうなんだ~……すぴー……。すぴー……」
また寝ちゃった……ホントによく寝るね。
……私、なにやってるんだろう……寝てる友達に抱きつくなんて……。
「すぴー……。すぴー……」
……起きるまで黙ってみてよう。それだけで幸せだよ。
「すぴー……。すぴー……」
……いつまで寝てるんだろ? もうすぐ5時になるけど……。
あれからアウレーリアちゃんのお母さん……クレアおばさんが3回ほどジュースとお菓子の補充に来てくれた。
でもずっと寝たままだ。よっぽどお風呂掃除が疲れたんだね。
『ただいまー』
『おかえりー』
部屋の外から声が聞こえた。……誰かが帰ってきた?
……そういえば、私はアウレーリアちゃんの家族構成を知らない。
昨日の晩御飯の時にはアウレーリアちゃんとクレアおばさんしかいなかったから、てっきり二人暮らしだと思ってた。
声は女の人だったからお姉さんかな?
「こんにちはー」
「こんにちは」
女の人が入ってきた。高校生くらいの女の人でアウレーリアちゃんに似てる。
かなり歳が離れてると思うけど、たぶんお姉さんだよね。
「あなたがザナーシャちゃん? 馬鹿妹の姉のレリーティアっていいます、よろしくね」
「よろしくお願いします」
馬鹿妹って……。
たしか、クレアおばさんも馬鹿娘って言ってたよね。
アウレーリアちゃんはどれだけわんぱくなんだろ……。
手を伸ばしてきた……挨拶の握手、だよね? 今までこういうことがなかったのでちょっと緊張する。
だからとくに気にせず握手した……。
「ッ!?」
「ん? どうしたの? 大丈夫?」
「あ、大丈夫です、すいません」
「いいよいいよ。晩御飯出来てるからさ、その馬鹿妹を起してリビングに来なよ。ご飯が冷めないうちにね」
「……はい」
……握手した瞬間、ものすごい悪寒が走った。
あれって強者の感覚、だよね……。
獣人が持つ弱肉強食を敏感に感じる能力。その能力にビリッと反応した。
お姉さんはかなり強いと思う。私が本能的に勝てないと感じるくらいには……。
「すごい、こんなに冷や汗をかいたのは初めてだよ……」
本当の強者は強さを隠せるって聞くけど、お姉さんはまだ出来ないのかな?
……その一歩手前って感じ? 少なくても、私が会ってきた中でここまでの恐怖を感じたことはない。
「ホントにすごい、あれが強者の感覚……」
私もああなりたい。あの感覚には恐怖も感じたけど「すごい」という感情の方が強い。
ランニングだけじゃ強くなれない。あの強さに近づくにはもっと違う訓練をしないとだめだ。
……お姉さん、私に稽古とかつけてくれないかな? 頼んでみる?
『ご飯が冷めるよーーー』
「あ、はーーい」
そうだ、晩御飯に呼ばれてるんだ。アウレーリアちゃんを起さないと。
「アウレーリアちゃん、起きて、ご飯の時間だよ」
「ん~、ごはん~……すぴー……」
「ご飯だよ、一緒に行こう」
「いっしょにいく!」
ご飯じゃなくて「一緒」って単語の方に反応するんだ……。
アウレーリアちゃんは、誰かと「一緒」にいるのが大好きなんだね……。
「行こう、晩御飯だって」
「うん。……どうしてザナーシャちゃんがいるの?」
「私が来た時にお風呂掃除が終わって、一緒に部屋に戻ってきたんだよ」
「……あー、おもいだしたよー」
「じゃ、ご飯に行こうか」
「うん!」
リビングに行くとすごくいい匂いがした。これって、あの高級お肉の匂いだ……。
「はい、二人とも座って。……いただきます」
「「「いただきます」」」
こんなにいっぱいの他人と食卓につくなんて初めてだ。
それに、お姉さんが増えただけですごく家族を感じる。
「凄いね、このお肉。なんかの記念日だっけ?」
「ザナーシャちゃんのご両親からの贈り物よ。こんなお肉、普通は食べれないんだから味わって食べなさい」
「ザナーシャちゃんありがとー。ご両親にもお礼言っといてね、御馳走様です」
「こちらこそ、連日晩御飯を出してもらってありがとうございます」
「態度が堅いよー。このお肉の価値は10日連続で御馳走してもお釣りがくるから、またいつでも食べに来てね」
「はい」
うん、やっぱりこのお肉は美味しい。他にも肉系のメニューが多いし、私の好物が結構ある。
……これって、私の為のメニュー?
私の好物を知ってるのは不思議だけど、そうとしか思えない。
「あの、このメニューって……」
「ザナーシャちゃんに喜んでもらいたくて用意したの。アウレーリアが迷惑をかけたお詫びと、今後もよろしくねってお願いの食事。ご両親からのお手紙に、ザナーシャちゃんの好きなメニューが書いてあったから参考にさせてもらったわ。これからも、アウレーリアの友達でいてあげてね」
「……はい」
嬉しい……心が温かい。こんな気持ちがずっと続いてる。
アウレーリアちゃんに出会ってからずっと、初めての嬉しいことが続いてる。
クレアおばさんも、最初は子供を虐待してるひどい親かと思ったけど、こんなに優しい人なんだからきっと理由があるんだよね。しつけ、とかかな?
馬鹿娘って呼び方を結構してるし、アウレーリアちゃんは手に負えないほどのおてんばさんなのかもしれない。
「「「ごちそうさまでした」」」
こんなに賑やかで楽しい食事は初めてだった。
クレアおばさんもお姉さんも、みんなが優しい。
アウレーリアちゃんは高級お肉を一口食べて寝ちゃったけど、幸せそうな顔をしてたからよかったよ。