多分、違和感には気づいていた。
いつも通りに見える主人の様子が、一週間ほど前からおかしいことに。
けれどどこがどうおかしいとはわからず、ほかの仲間が気づいているかもわからず、頭の隅に引っかかったままの違和感を抱えたままでいた日の夜だ。
リビングで遅くまで酒を飲んでいたモランはもう部屋に戻るかと階段を上がって、ふと耳に触れた物音に足を止める。
今の音は、ウィリアムの部屋のほうから聞こえた。
よく見ると二階の西側にあるウィリアムの寝室からわずかに明かりが漏れている。
扉がわずかに開いたままになっているようだ。
まだ起きてるのかあいつ?と思って、それならと足をそちらに向けた。
ずっと引っかかったままの違和感を解消するなら早いほうがいい。
「なにかあったのか?」と聞けばいいだけだ。
そう思って部屋に近づいたモランは、中から響いてきた密やかな声にわずかに動きを止める。
話し声。いや、これはちがう。
一瞬話し声かと思ったのは、よく耳を澄ませてみればちがう。
甘やかで濡れた、
「…っぁ、…ァ、…ッ」
ドクリ、と心臓が大きく脈打った。
押し殺すような、すすり泣くような声は間違いなくウィリアムのものだ。
見てはいけないとわかっていた。警報音が頭の中で鳴り響いていた。
なのにその隙間から、そっと中を覗いてしまったのだ。
大きな天蓋付きの寝台が見える。ベッドサイドのランプがシーツの上にある二つの身体を浮かび上がらせていた。
一糸まとわぬ身体をさらし、シーツに金糸の髪を散らして密やかで甘い声を漏らす主人の姿がそこにある。
彼を組み敷いてその細腰を掴み、揺さぶっているのはアルバートだった。
「っあ、ァ、んんぁ、っあ」
「…ウィル」
聞いたことがないような愛おしげで、そして仄暗い執着のにじんだ低音の声がウィリアムを呼ぶ。
快楽にのけぞったウィリアムの閉じられたまぶたからこぼれる涙がひどく綺麗で扇情的で、凍り付いたようにその場から動けなかった。
けれどウィリアムの足を掴んで開かせていたアルバートが不意に視線だけをこちらに滑らせる。
その瞳とはっきり目が合って、モランは声を上げてしまいそうになった。
アルバートはモランの瞳を見つめたまま薄く笑うと、汗で湿ったウィリアムの腰を抱え直し、そのまま乱暴に突き上げ始める。
悲鳴に似た嬌声が色づき濡れた主人の唇からあふれるのを聞いていられず、足音を立てないようにその場を立ち去った。
三階の廊下まで来て、まだ静まらない鼓動の音を聞きながらモランは茫然と立ち尽くす。
抱いていた。アルバートが、ウィリアムを。
いつから?いつからあんなことを?
頭の中に蘇るのはアルバートに抱かれ、そのいつも凜とした瞳を蕩けさせ、快楽に溺れて泣いていた主人の横顔。
そのあまりに凄絶な色香のにじんだ、官能的な表情に冷えていく心と裏腹に身体が熱くなっていた。
モランより遙かに細く小柄なあの体躯、それに似合わぬ苛烈で強い意志を持った主人を。
その身体を組み敷いて、あんな風に乱して暴いてしまえたら。
そんな欲望を抱いたのは、ずっと前の話だった。
けれど口に出来るはずもなかったのだ。
自分にとってウィリアムは全てだった。文字通り、世界の全て。唯一絶対の主人。
その相手を穢すなんて、出来るはずもなかった
のに。
頭の中でアルバートに抱かれて乱れるウィリアムの姿を、自分に組み敷かれているように置き換えて考えている自分がいた。
ああ、そうだ。気づいていた。
自分がただの主従というには逸脱しすぎた感情を抱いていたからこそ。
アルバートがウィリアムに向ける、その仄暗い執着の宿った愛情にも。
その翌日──というか夜が明けた後の、昼過ぎのことだった。
温室に置かれた椅子に腰掛けたままぼうっと思案に耽っていたモランは、不意に響いた扉の音に我に返る。
「モランさん」
「…ルイス」
顔を覗かせ、モランがいることを確認して中に入ってきたのはルイスだ。
てっきり掃除をさぼっていることへの小言かと思ったが、ルイスは少し心配そうな表情で、
「珍しいところにいますね」
とだけ言った。
「ああ…」
「朝食の席にもいませんでしたし、どうしたのかと皆心配していましたよ」
「………ウィリアムだって起きて来なかっただろ」
「おや、いなかったのによく兄さんがいなかったことをご存じですね?」
「…それは」
ルイスの切り返しにぐっと言葉に詰まって、そのまま黙り込んでしまう。
厳密には一度、ウィリアムがいるかと廊下から室内を伺ったのだ。
けれどウィリアムの姿はなかったし、アルバートが「ウィルは夜遅くまで起きていたみたいでね」となんてことないように答えていたのを聞いてしまったから。
とてもじゃないが平然とした顔で、あそこで食事をする気になれなかった。
うつむいたモランに普段ならすぐ思ったことを
返してくるルイスも口を閉ざしたので、それに違和感を覚える。
勘だった。もしかしてルイスも、気づいているのではないかと。
「……おまえ、さ」
「はい」
「…アルバートと、ウィリアムの」
「…ウィリアム兄さんとアルバート兄様のことなら知っていますよ」
一拍の間を置いて答えたルイスに驚きはあった。けれど納得もしていた。
ほかの者ならいざ知らず、ウィリアムのことが絡むとすぐ我を忘れるようなこのルイスが兄の異変に気づかないはずがない。
「アルバート兄様から教えられました」
「…それは、教えられた、であってるのか?」
視線をわずかに向けたモランの問いかけに、ルイスは少し瞳を揺らし、目を逸らした。
「…そう、ですね。
釘を刺したという意味合いもあるんでしょう。
…正直言えばショックではありました」
「それは、自分だけ仲間外れにされたって意味か?」
「…わかってて聞いてるでしょう?」
違うとわかっていて尋ねた。ルイスはやはりモランの予想通り、自嘲を浮かべて答えるのだ。
「僕もウィリアム兄さんを、そういう意味で好きだから。
…多分アルバート兄様はとっくに気づいてた」
ああ、そうだろう。
モランですらルイスの気持ちを察していたくらいだ。アルバートが気づかないはずがない。
そう、自分もアルバートもルイスも、ウィリアムにただならぬ感情と執着を抱いていた。
ならばそれが、危うい均衡がいつ崩れてもおかしくなかったのではないか。
「…どう思う?」
「…アルバート兄様以外が兄さんを抱いたなら、僕はきっとその相手を殺します」
ルイスはそう言いながら、モランを見ないまま剪定ばさみを手に取る。
もしウィリアムを抱いていたのがモランなら、
そのはさみの切っ先を今すぐ喉元に突きつけていただろう。
「でも、アルバート兄様が相手では…」
「…それは、兄だからか?
それとも、……ウィリアムが」
その先は言葉にならなかった。
(ウィリアムは、アルバートをどう思っているのか)
それは、モランにもわからない。
聡明すぎる主人が、心の奥底になにを隠しているのか。それを知るのは至難の業だ。
ルイスははさみを置くとすっと眼鏡を外して切なげに微笑んだ。
「アルバート兄様にとって、ウィリアム兄さんはなにより特別です。
きっと。
出会ったときから、あの人は兄さんを必要としていた。
兄さんの頭脳を、その心を、全てを…」
その声は悲しげであり、侘しげな響きでもあった。
「もちろん僕のことも弟として愛してくださっています。
それを疑ったことはありません。
でも、ウィリアム兄さんがいなかったらきっと兄様は僕を拾ったりはしなかった。
僕も同じなんです。
兄さんがいなかったら、アルバート兄様のことも信じなかったかもしれない。
事実、モリアーティ家の養子になった頃、僕はまだアルバート兄様の目的がわからず疑っている部分もありました。
でも兄さんは違った」
今は紛れもなく三人は互いのことを大事に想い合った兄弟だ。
アルバートもルイスも、互いに兄弟として嘘偽りない愛情を持っている。
だが二人がウィリアムに抱く感情は兄弟のそれを逸脱し、遙かに超えている。歪んでいる。
それをアルバートもルイスもよくわかっていたはずだ。
「多分兄さんは兄様の願いがわかっていたし、アルバート兄様もウィリアム兄さんが自分が求めるなにより必要な存在だと、きっと一目でわかった。
孤児院の教会で兄さんを見た兄様の目は、とても嬉しそうで、輝いていたから…。
僕の全てはずっと兄さんで、そして出会った日からずっと、アルバート兄様の全ても兄さんなんです。
…アルバート兄様の気持ちがわかるから、否定が出来ないんです。
兄様がずっと、どんな風に兄さんを思って見てきたかも、想いも…」
兄弟が出会った時のことを、モランは聞いた話でしか知らない。
だがアルバートが二人に──特にウィリアムに抱く感情はあまりに激しく強いだろう。
たとえウィリアムに出会わなくてもいずれアルバートは実の家族を見限り、排除した。
けれどあの時に、まだ幼い時に、自らの手であの形で手を下したのは、ウィリアムに出会ったからだ。
ウィリアムに見てしまったからだ。
新しい世界を、その可能性を。
ウィリアムの作る世界を見たいと願った。そしてウィリアムを心から必要として求めた。
それがアルバートに親殺しと言う大罪を犯させた。
その愛情は、あまりに罪深く激しい。
「…ただ、少し寂しいんです」
不意に落とされたルイスの物悲しい声に我に返る。
「アルバート兄様だって、僕の気持ちはわかっているはずなんだから。
どうして、僕も一緒に…。
僕は兄さんが手に入るなら、どんな形だって良かったのに…」
「…それが、そのまま答えだろ」
ルイスの声はただ恋しいと鳴くような響きだった。
ウィリアムへの、押し殺せない愛情があふれた声だった。
だからモランは椅子から立ち上がって、真っ直ぐルイスを見つめて告げる。
「アルバートは違うんだ。
…誰かとあいつを分け合うなんて、無理だったんだろ」
ずっと一緒だった兄弟ですら分け合えないほどに、なによりも。
アルバートにとってのウィリアムは、全てなのだ。
モランにとって、ルイスにとって、その全てがウィリアムであったように。
その一週間ほど後、再びダラム大学を訪れたシャーロックは「どうするかな」と考えた。
ジョンに「捜査に協力してもらったなら改めてお礼を」と言われたものの、お礼ならあのときに言ったし、と考えながら結局足を運んだのはウィリアムの顔を見たいと言う思いがあったからだろう。
ウィリアム・ジェームズ・モリアーティは犯罪卿ではないか。
その疑念はずっと自分の胸の中にある。
けれどただ純粋にウィリアム・ジェームズ・モリアーティという人間に興味を、いや興味どころではない強い執心を抱いていることは自分でも気づいていた。
彼のことをもっと知りたいと思う。謎を欲するように、強く。
この感情に名前を付けるなら、なんと呼ぶのか。
それはまだわからなくて、けれどウィリアムと過ごす時間はたとえようもなく楽しかった。
時刻はちょうど昼休みのようだ。
中庭までやってきたシャーロックは、先日ウィリアムと話したテラスのそばの噴水の前にウィリアムの姿があることに気づいた。
しかも噴水の端に腰掛けたまま腕を組み、目を閉じて動かない。
いや、まさかあそこでうたた寝してんじゃねえよな?と思ったがどうも本当にそうらしい。
よくあんなとこで寝られるな。危ないだろ、と思って起こそうと足を踏み出した矢先にウィリアムの身体が傾き、あっという間に水の中に落ちた。
「リアム!」
大慌てで駆け寄ってその身体を抱き起こすと彼は軽く咳き込んでまぶたを開けたが、ぼうっとした表情でシャーロックを見て、
「…ホームズさん?」
とまだ半分夢の中にいるような声で自分を呼ぶ。
そのどこかあどけない表情にどきりとした。
だがウィリアムはそのままぽす、とシャーロックの胸に寄りかかってしまう。
「お、おい、リアム?」
「…すみ、ません。
眠く、て…無理…」
「え、嘘だろ?
おい?リアム?
おい!?」
焦って名を呼び、肩を揺さぶるもウィリアムはそのままシャーロックに身を預けて眠ってしまった。
シャーロックはその身体を抱いたまま途方に暮れる。
「嘘だろ…」
溺れかけたのにそのまま寝るってなんだよ、と口からこぼれた声も情けない。
なのに自分に無防備に身を委ねたその姿に胸がきつく締め付けられるのだ。
わかってんのか。おまえ。俺はおまえを疑ってるんだぞ。なあ?
そうなじってしまいたくなるのに、信頼しきったように自分の胸に頬を寄せて眠る美しい顔に身体の内側を甘い感触がくすぐるのだ。
「あれ、ホームズさん?
ってモリアーティ先生!?」
昼休みでほとんどの生徒は昼食に行っているのか中庭にほとんど生徒の姿はなかったが、たまたま通りかかった一人の生徒が二人の姿を見て驚き、駆け寄ってくる。
「ビル」
「ど、どうしたんですか!?」
彼は先日ウィリアムとシャーロックが学校に掛け合って編入させたあのビルだった。
真新しい制服に身を包んだ彼は近くまで来ると、シャーロックの腕の中に収まって動かないウ
ウィリアムを見て心配そうに尋ねてくる。
それはそうだろう。意識はないし濡れてるし、心配して当たり前だ。
「いや、なんかうたた寝して噴水の中に落ちたっぽいんだよな…」
「…そう、なんですか。
なんか意外です。
モリアーティ先生、いつでも完璧というか、隙のない方だから…」
ビルは編入する前から印刷工の息子として学校に出入りし、ウィリアムの姿を見ていた。
彼の資料などを見て独学で数学を学んでいたビルは、きっとウィリアムのことを尊敬していただろう。彼の数学者としての知性に、その彼が生み出す数学の世界に魅入られていたのだから。
その彼がそう言うならそれが正しいのだ。少なくとも学校でこんな隙のある姿をウィリアムは見せたことがなかったのだ。
「あ、寝てるだけ、なんですよね?
じゃあひとまず教員室に運びますか?
濡れたままじゃまずいですし」
「あ、ああ。そうだな」
そうだ。どのみちこのままにはしておけない、とシャーロックもビルの言葉に頷いた。
そのあとビルの手も借りてウィリアムの教員室に彼を運び、ビルが「僕の服でよかったら」と学生寮から持って来てくれた着替えを受け取ったシャーロックは悩んでいた。
ビルは授業があるからと戻ってしまったし、ウィリアムも次の時間、受け持ちの授業はないのだろうかと心配してしまうがそれ以上に気になるのは。
「…完璧なんだか、隙があるんだか…」
つけいるところなどないほど完璧に見えるのに、あんな無防備な姿をさらして。
ウィリアムのことはやはりよくわからない。なのに知りたいと思う自分も、不思議だ。
ソファに横たえられたウィリアムの髪をタオル
で拭うだけで手が震えそうになる。
「…まあ、早く着替えさせないと風邪引くよな」
そう言い訳するようにつぶやいて、そのシャツに手をかけた。
だがボタンをいくつか外したところで手が止まる。
白い肌のあちこちに刻まれた赤い痕が目に入ったからだ。
虫刺され?
いや、違う。これは明らかに。
鎖骨や胸元、脇腹など服で隠れる場所にいくつも刻まれたのは誰かの所有印だ。
それを見た瞬間、心臓が軋んだように痛んだ。
「…ん」
不意にウィリアムが小さな声を漏らしてまぶたを開けた。
外気に晒された湿った肌が寒かったのかもしれない。
「…ホームズ、さん………?」
ぼんやりした声で名を呼ばれて我に返ったが、思考がうまく切り替わらない。
目に映ったその誰かの所有印が、胸をひっかいたように残って。
ウィリアムは寝ぼけたように緩慢に瞬きした後、自分の置かれた状況に気づいたのか驚いて飛び起きる。
端から見れば服を脱がされ、シャーロックに組み敷かれたような状態だ。
驚くのは当たり前だろう。
「どう、して…」
いつも冷静な彼らしくなく狼狽し、動揺した様子にわずかに胸が軋んだがシャーロックは「覚えてねえのか?」と努めて冷静に答えた。
「おまえ、噴水の前でうたた寝しててそのまま落ちたんだぞ?」
「…あ、…そうか」
言われてやっと自分の服が濡れていることや、噴水に落ちた直後の記憶を思い出したのかウィリアムは納得したようにつぶやき、すぐ取り繕うように笑う。
「すみません。
お手を煩わせて」
シャーロックのそばに着替えらしき服があることに気づいて「風邪を引かないよう服を着替えさせようとしてくれていた」と合点がいったらしい。
「ほんと、びっくりしたぜ。
あんなとこでうたた寝してるわ、噴水に落ちても寝てるわで」
「すみません…。
あれ、その着替えってホームズさんのですか?」
「いや、ビルが貸してくれた。
後でお礼言っとけよ。
あいつもおまえ運ぶのに手を貸してくれたんだ」
「…そうだったんですか。
恥ずかしいところを見せてしまったな…」
立ち上がったウィリアムはそのままシャツのボタンを外し、服を着替えようとする。
「でも意外だぜ」
「え?」
「リアムも恋人とかいたんだな」
そう言う声がやけに硬くて自分でも驚く。
ひどく温度のない、硬質な響きだった。
ウィリアムもわずかに目を見開き、それから自分の身体を見下ろしてあちこちに残った痕に気づいたようだ。
「…ああ、その、…すみません」
「…なんで俺に謝るんだよ。
おまえが誰と付き合ってようが俺に関係ねえし」
言いながら、なんでそんな冷たい言い方するんだと自分を叱責したくなった。
なんだよその当てつけがましい言い方は。なにを苛ついてるんだ俺は。
「…そう、ですね。
あなたには、関係のないこと、ですね…」
気まずさから背を向けたシャーロックは、背後で響いたどこか傷んだようなウィリアムの声に息を呑む。
わずかに視線を向けると、ウィリアムの形の良い唇を自嘲のような、歪な微笑が形取っていた。
「………………恋人なのか?
本当に」
乾いた声が口を吐く。
なにを聞いているんだ。さっき、関係ないと言った口で。
「…あなたには関係がないんでしょう?
なぜ聞くんです?」
「いや?
ちょっと思っただけだぜ?
だってそんな背中まで執拗に痕残すって、女か?ってよ」
ウィリアムが着替えるためにシャツを脱いだためにわかったが、その所有印は背中にまで刻まれていた。
まるで「これは自分のものだ」と言いふらすかのように、あまりに執拗に。
そんなことをするのが、本当に女か?
そんな疑念が湧いてある可能性に思いが至ると、どろりと腹の奥底にどす黒い感情が澱んだ。
「…なにが仰りたいんです?」
「わかってんだろ?
男同士なんて、この国じゃ罪だ」
同性同士の恋や肉欲はこの国では罪になる。
もちろんほかの国では違うが、少なくともこの
この時代、この英国ではそうだ。
それをウィリアムも知っているはず。
だが自分はなにを言いたいんだとシャーロックは自問自答したくなった。
罪だと言ってどうしたいんだ?だからやめろと言いたいのか?どうして?
「それが恋だって言うなら、それは口にしてはいけないものだぜ」
「…わかっていますよ」
不意に黙っていたウィリアムが密やかに答えた。
今にも消え入りそうな儚い微笑を浮かべて。
窓から差し込んだ陽射しに照らされたその横顔があまりに神秘的で美しくて、なおさらに今にも光に灼かれて、失せてしまいそうでおそろしくなった。
「僕は罪人だ」
その自身に言い聞かせるような台詞に、シャーロックの胸が訳もわからないままずきりと痛んだ。
なんでそんな顔するんだ。そんなに好きなのか。その相手が。
どうして、なぜ、こんなに痛い。
「…それで?」
「…え?」
「私の罪を告発しますか?
私を裁きますか?
ねえ、ホームズさん」
そう、ウィリアムは綺麗に微笑んで言うのだ。
今にも壊れそうな危うい微笑で、まるで傷つけられたいのだという風に。
「『おまえは許されない』と、私を断罪しますか?」
「………リアム」
「犯罪卿を絶対に断罪すると仰ったように、…私を裁きますか」
どうして、そんな風に笑うんだ。
安心したみたいに。まるで待ち望むみたいに。
あのとき、心の底からと言う風に「きっと適いますよ」と告げたときのように。
どうしてそんなに、触れがたいほど優しく微笑んで。
(まるでそう望むみたいに)
触れればたやすく溶ける淡雪のように、綺麗に微笑んで。
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