追憶のマッチング
手嶋は目を覚ました。 窓から差し込む朝の光が、部屋の空気をやわらかく染めていた。 隣では、吐夢が静かに眠っている。 その寝顔は、昨夜の狂気とはまるで別人のようで、無垢で、穏やかだった。
「…こんな顔、するんだな」
手嶋は、吐夢の頬にそっと指を添える。 その温もりに、胸の奥がじんわりと熱くなる。
声をかけても、肩を揺すっても、吐夢は目を覚まさない。 まるで夢の中に閉じ込められているようだった。
手嶋は、吐夢の唇を指でなぞった。そして、吐夢の唇にそっと自分の唇を重ねた。 ほんの一瞬、世界が静止する。
「……っ」
吐夢が目を開けた。
手嶋は驚いて、すぐに唇を離す。
「ご、ごめん…!今のは…」
慌てて視線を逸らす手嶋に、吐夢は何も言わず、静かに手を伸ばす。 そして、ゆっくりと手嶋の顔を引き寄せ、今度は吐夢の方から唇を重ねた。
そのキスは、深く、優しく、そして確かなものだった。 ふたりの呼吸が重なり、心音が静かに響く。
「…君が今となりにいてよかった」
吐夢の声は、朝の光よりも柔らかかった。手嶋は何も言えず、ただその言葉を胸に刻んだ。
ふたりの間に、もう逃げ場はなかった。 でも、それが怖くはなかった。
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