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銀座店に立ち寄った後、私は渋谷店にも伺った。
神奈川連合に関しての話を銀座店の松坂さんからだけでなく、他の店舗からも聴取したかった。
篠山洋菓子店は全国各地にあるが、主に東京、神奈川にその八割の店舗を構えている。
以前、売れ残り商品は店員が持って帰れていたが、今は様々な問題が発生することを危惧し禁止となった。
東京の店舗に関しては売れ残りは即日処分。
神奈川の店舗は売れ残りは店員が買い取る形式をとっているという。
私は倫理的にも問題があるその方法が、成り立っていることに驚いた。
しかし、神奈川の店舗はその方法をとる事により売り上げが上がって、店舗に本社から臨時ボーナスが出る事でペイできてしまっていた。
それは、間宮元副社長が武蔵小杉店で店長をやっていた時に始めたやり方で、売り上げが上がった事により彼女は出世。
それを習うように神奈川の店舗は売り上げを上げていき、関東のスーパーバイザーの地位も横浜店の出身者になったらしい。
もっとも武蔵小杉店の売り上げが異常なまでに上がったのは多くの外的要因がある。
タワマンが乱立した事により、人口が爆発的に増えたのだ。
武蔵小杉は人口に対して、商業施設が小さいのでテナントが限られる。
競合他社が少ない上に、篠山洋菓子店の価格帯のケーキが一番売れやすいファミリー層が住み着いてくれた。
運も実力のうちというが、運を完全に実力だと勘違いするのは危険だ。
間宮元副社長の今の動きを見ていると、彼女は完全に調子に乗っている。
私は彼女が成功しない未来を知っているが、父の死に関わっていたとしたら報復させて頂かなくてはならない。
「売れ残りを社員が買い取るなんて、必ず問題になるやり方です。間宮元副社長が息のかかった人間を引き抜いてくれたのは幸いですね」
私の言葉に渋谷店の店長の前園百子が微笑む。
「久子様は先代に似てますね。どんな事もポジティブな方向に見方を変えるところがそっくりです」
「前向きでありたいとは思ってます。本日はお時間頂きありがとうございます。渋谷店の売上が落ちてないのは、前園店長をはじめここで働く方のお陰です」
「いえ、篠山洋菓子店のブランド力が強いからですよ」
謙遜して肩をすくめる前園店長に私は首を振った。
そんな私を彼女はじっと見つめてくる。
「篠山洋菓子店の信用は地に落ちたと認識しております。このお店に来る方が信頼しているのは、ここで働く個人の仕事です。丁寧な仕事を積み上げてきた結果が今出ています」
「ありがとうございます。そんな言葉を頂けるとは思っても見ませんでした」
売上において渋谷店は競合他社が多く、苦戦していた一面もあった。
でも、不祥事があっても安定的な数字が出せるところで、この店は強い。
そして、この店を支えているのが前園店長の技術力だ。
彼女はパティシエの専門学校を卒業していて、フランスに留学経験もある。
帰国して青山に店を開いたけれど、半年で閉店に追い込まれたらしい。
その後は、某有名パティスリーで勤務するが、そこのパティシエと対立してしまい挫折。
商品開発がしたいと篠山洋菓子店に就職するも、渋谷店に配属されている。
しかしながら、篠山洋菓子店の商品開発部は現在焼き菓子とシュークリームの新開発しかしていない。
これは新しいケーキを売っても、ショートケーキやモンブランといった定番商品に一度も勝てなかったからだ。
採算が取れないケーキの開発はしていないのに、彼女の技術欲しさに彼女を採用し渋谷店の店長という役職を与えたのだろう。
ショーケースに並ぶケーキを見ると、息を呑む芸術品のような美しさだった。
本格的に技術を学んだ人間の仕事で、前園店長がフィリングを担当したのが一目で分かった。
クリスマス商戦の話以上に、一月は全品三百円で販売を促進するという話に対して彼女は抵抗がありそうだった。
「三百円ですか⋯⋯」
胸の辺りを掴みながら呟く前園店長に私は戦略の説明をする。
「はい、クリスマスで家で仕上げをしたケーキを美味しいと感じてもらえた方が、三百円なら一度購入してみようかと考えると思うんです。ケーキの仕上がりの美しさの違いを感じて、元の価格に戻っても足を運んでくれるはずです」
#そっちと元サヤ?!
専業プウタ
295
#じれキュン
当麻月菜
100
#すれ違い
ruruha
982
彼女の表情から、もうここから去ろうかと考えているのが見て取れる。
彼女は一カット千円近くで売るケーキの技術を持っている。
ただでさえ、望んだ仕事ではない仕事に不満があるはずだ。
彼女のような技術を持ち、店舗を任せられる能力を持った人間は手放せない。
「年が明けたら、バレンタイン向けにケーキコンテストを開催する予定です」
「コンテストですか?」
曇っていた彼女の瞳に光が宿る。咄嗟に思いついた企画だが、形にしたら彼女のような腕を持った社員を手放さなくて済むかもしれない。
「優勝作品は実際ケーキとして販売も検討しています。ショコラベースの主力商品がないので、売れたら定番化したいと思っているんです」
「それって、社員も参加可能ですか?」
「勿論です。社内外から作品を募る予定です」
私の言葉に彼女の顔が明るくなる。少し落ち着かない様子も見られ、頭の中にアイディアが巡っているように感じた。
クリスマス商戦も、年始の販売促進も、バレンタインの企画も実行して成功させて見せる。
(あと、三ヶ月くらいは忙しくなりそう)
私はその間に総合職への転向試験もある。
忙しくなりそうだし、全てが上手くいかないかもしれないけれど、一度命を失った私はやれる事を全てやって死にたい。
「前園店長、今後とも今まで通りよろしくお願いします」
「はい! こちらこそ宜しくお願いします!」
前園店長に頭を下げながら、このまま母をいつまで社長の座に置いておけるかを考えていた。
精神的問題が生じている彼女を人前に出すのは社員を不安にさせる。
かといって私が彼女の跡を現段階で継ぐのは悪手だ。
大した社会人経験もない娘が継いだと、同族経営企業の悪い事例として吹聴されるのが目に見えている。
少なくとも一年は母が社長の座にいる形で結果を出すのが最善だ。
渋谷店を出たところで、待っていたメッセージが来る。
『菅野が専務就任、とりま、今晩集まれる人はいつもの店に十九時に集合』
私は大きく息を吸い込むとメッセージを返信した。
『参加します』
今から自分がやろうとしている事に吐き気がしそうになる。
でも、私が一番しなければいけないのは父が守ろうとした篠山洋菓子店を守る為の行動。
突き詰めればこのやり直しの時間も、会社と母を守る為。
その為には自分のプライドも捨てて恥をかいても構わない。
渋谷にあるエキゾチックなレストランはゼミのメンバーの溜まり場だった。
何料理かも分からない料理を出してくるが、味は悪くない。
店内に入ると、女の子に囲まれる少し疲れたような菅野誠太郎がみえた。
お祝いだからという事ではなく、彼はいつも女の子に囲まれていた。
町田咲也が彼女持ちになった後の、女子たちのターゲットは彼だった。
「菅野君! 専務昇進おめでとう!」
私の声掛けに皆が一斉に注目する。
同情と嘲笑の視線。
こんな不快な視線を、大学時代のメンバーから浴びるのは初めてだ。
「篠山、忙しい中来てくれてありがとう」
菅野君の優しい言葉に、私は首がもげそうなくらい振る。
「菅野君、少し話せる?」
私の言葉に周りが怪訝な顔をする。
「町田君がいるのになんで?」みたいなヒソヒソ声が耳に入った。
菅野君は手を挙げると店員を呼ぶ。
彼が店員の耳元に何かを告げると、私と彼は個室に案内された。
個室は普段は滅多に開けないVIPルームなのだろう。
大きなコバルトブルーのソファーがあって、だだっ広い。
私は菅野君に促され、ソファーに座る。
彼が隣に来て、今から自分が友情関係を壊すようなお願いをすると思うと怖くなった。
しかしながら、私は篠山洋菓子店を救わなければいけない。
その為に使える人脈は使う。
「菅野君、今から私が話す事を軽蔑せずに最後まで聞いて欲しい」
「軽蔑? 篠山、俺は何を言われても君を軽蔑なんかしないよ」
優しく微笑んでくれる彼に私は息を呑んだ。
本当はただ彼の昇進を喜びたかったのに、昇進した彼を活用しようとしている。
もし、自分が逆の立場ならお祝いの席に仕事のお願いをされたら失望する。
ずっと友達だった人を利用するような真似を本当はしたくない。
「篠山洋菓子店のクリスマス商戦についてなんだけど⋯⋯」
私は時間の隙間に作った資料を見せながら、菅野君に説明した。
彼の表情が怖くて見れない。
「分かった。クリスマスの配送手配を一括契約すれば良いんだよな」
私は彼の言葉に勢いよく彼の顔を見る。
何だか彼が悲しそうな顔をしているようで、申し訳なくなった。
「ご、ごめんね。菅野君の昇進をただ祝いたかったのに、こんな話を持ち込んで。こんなの友達じゃないよね⋯⋯」
思わず目から涙が溢れた。
コメント
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第14話、読み終わりました。渋谷店の前園店長のエピソード、彼女の技術力と不遇なキャリアにグッときましたね…久子さんが咄嗟にケーキコンテストを提案するところ、頭の回転の速さと人を見る目の確かさが滲んでいて好きです。後半の菅野君とのシーン、昇進祝いなのに仕事の依頼をせざるを得ない葛藤と涙には胸が詰まりました。守るために利用せざるを得ない自分の行為への自己嫌悪、この物語のテーマだと思います。あと「売れ残り買取制度」の闇の部分もまだ気になる伏線ですね。続きが待ち遠しいです。