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眼鏡は周りから舐められないよう、はくをつけるために掛けている伊達眼鏡に過ぎないのだ。

「ま、待ってなんか……」


言いながらじんから遠ざかるように一歩背後へ下がった天莉あまりが、冷たいタイル張りの壁に触れてしまったんだろう。


「ひゃっ」と小さく悲鳴を上げて身体を跳ねさせた。


その拍子に足元のバスチェアにつまずいて体勢を崩して――。


「おっと」


これ幸いとそんな天莉を抱き留めると、尽は「風呂場で騒ぐと危ないだろう?」と天莉をたしなめた。


「ご、めなさっ……」


状況も忘れて素直に謝るところが天莉の可愛いところだなと、天莉の柔らかな胸の感触を腕に感じながら尽は内心ほくそ笑まずにはいられない。


「とりあえずそこに座ろうか」


言ってバスチェアに視線を投げかけたら、天莉がソワソワしながらも腰かけてくれた。


だが、背中がノーガードなことに気付いているからだろう。


普通は洗い場壁に取り付けられた鏡の方を向いて座るだろうに、今回はその逆。


尽の方を向いて座るとか。


「天莉、座る向きが逆じゃない?」


天莉の考えていることは分かっていても、つい意地悪でそう問い掛けたくなった尽だ。


「だって……そっちに尽くんがいる、から……」


ギュウッとタオルを抱きしめるようにして泣きそうな顔をしてこちらを見上げてくる天莉に、尽は「鏡に映ってるから結局変わらないんだけどね」と、わざとククッと笑って見せる。


「やんっ」


尽の言葉に背後へチラリと視線を投げかけた天莉が、鏡に映らないためだろうか。

グッと身体を折りたたむようにして身を屈ませて。


(いや、そうすると逆に背中とか可愛いお尻とか……俺から丸見えになるんだけど)


やることなすことみんな裏目に出るとか……。尽には、天莉のそういうところが可愛くてたまらない。


天莉のすぐそばに立った尽からは、前屈姿勢になった天莉の背骨と、その先に続く臀部までのラインが綺麗に見えていて、今すぐにでもその背筋せすじのくぼみに添って指先を這わせたい衝動に駆られる。


それをグッと理性でおさえ付けると、尽は天莉に声を掛けた。


「とりあえずそのままだと身体が冷える。お湯をかけるからね」


天莉にかからないようシャワーヘッドを手にして向きを変えると、コックをひねってお湯を出す。


指先で湯温を見ながら、適温になったのを確認してから天莉のなだらかな背中にそっとシャワー口を向けると、きめ細かい天莉の肌は、お湯を綺麗にはじいた。


(綺麗だな……)


天莉はアラサーだと気にしているようだが、三十路みそじ半ば近い尽から見れば天莉はまだ二十代のうら若き女性おとめだ。


しっかりと天莉あまりの身体と浴室内をシャワーのお湯で温めたじんは、「このまま髪の毛を洗うから目、つぶっててね?」と、天莉の頭にお湯を掛ける。


たっぷりのお湯でわしゃわしゃと予洗いしてから、シャンプーボトルへ手を伸ばした。


手に取ったのは日頃尽が使っているメンズものとは別に用意してある、天莉専用のフローラルな香りがする椿オイル配合のシャンプーだ。


それをツープッシュほど手に取ると、ほんの少し手のひらをこすり合わせて泡立てるようにしてから天莉の頭に手を載せる。


シャンプーの正しいやり方なんて知りはしない尽だったけれど、美容室なんかで美容師が自分に施してくれる手技を思い出しながら、爪を立てないよう指の腹を使って頭皮をマッサージするイメージで優しくシャンプーを揉み込んだ。


と――。


「あ、あのっ。尽くん……わ、私っ、自分で」


ホカホカと湯気のくゆる浴室内。

少しだけ身体を起こした天莉が、恐る恐ると言った様子で尽に声を掛けてきた。


「それはもちろん構わないけど……手、タオルから放せるの?」


ククッと笑ってうつむいたままの天莉に声を掛けたら、ハッと気づいたように身体を震わせて。


「じっ、尽くんがっ……お風呂場から出てくれたら……」


とか、往生際おじょうぎわが悪すぎて思わず手が止まってしまった尽だ。


「まだそんなこと言ってるの? 天莉は本当あきらめが悪くてね」


言外に『却下だよ』と含ませてそのままシャンプーを続行する尽に、天莉はひとまずそれ以上は何も言ってこなかったのだけれど。


綺麗に泡を洗い流していざトリートメントと言う段になって、またしても消え入りそうな声音で尽に呼び掛けてくるのだ。


「あのっ、尽くん……」


「ん? 今度は何を思い付いたの?」


肩口を過ぎた天莉あまりの髪の毛が、濡れて首筋に張り付いているのを色っぽいな……だなんて眺めつつ返事をしたら、「わ、私だけ裸は……恥ずかしい……です……」と消え入りそうな声で訴えてくる。


ともすると水音にかき消されてしまいそうな小声だったけれど、尽にはその声がしっかりと聞こえて。


「それは俺にも服を脱いで?っておねだりだと解釈したんでいい?」


わざと確認するように天莉の要望を具体的に言語化したら、予想に反して素直にコクコクとうなずいてきた。


きっとそれだけ現状が限界なんだろう。


「……もう逃げたり……しない、から」


こんなにびしょ濡れにされてしまっては、天莉の性格からして床を濡らしながら走り去るとか無理なのは分かり切っている。

なのに、わざわざそれを律儀に口のに乗せてくるところが本当にこのましいなと思った尽だ。


「分かった。じゃあちょっと脱いでくるから自分でトリートメントをしながら待っていてくれる?」


シャンプーとついになったトリートメントのボトルを天莉の目の前へ来るよう床上に置いたら、うつむいたままの天莉が「はい」と、よく出来た生徒みたいに良い返事をして。


尽はそんな天莉に「すぐ戻るからね」と先生みたいに声を掛けると浴室を後にした。



***



(はぁぁぁぁー。もぅ! 何なの何なのっ!)


じんが浴室を出て行ってすぐ、天莉あまりはシャワーの音に紛れるように大きく吐息を落とした。


尽が言ったようにトリートメントのボトルを手にして、身体の向きをくるりと回転させて鏡に向き直ったのだけれど。


熱線でも入っているのか、湯気がどんなに立ち込めても天莉のアパートの浴室にある鏡みたいに曇ったりしない目の前の鏡面に、濡れそぼった真っ白なタオルがぴったりと身体に張り付いた裸同然の自分が映っていた。


(フェイスタオルじゃお尻とか丸見えだしっ。何でバスタオルをくれないのっ!)


わざわざ半身だけ隠せる小さいのを渡してくるあたりが、温情と見せ掛けてしっかり意地悪だと思ってしまった天莉だ。


そもそも!


お酒に飲まれてしまった自分も良くなかったけれど、今はすっかり素面しらふなのに、尽はそれを一切認めてくれなかった。


何だかんだでここに引き留められた時にもそうだったけれど、尽は天莉を心配していると言うていで、自分の要望を通すのがうまい気がする。


両想いになった今、元気になったのでサヨナラとここを出て行くのは違う気もするけれど、実際体調はすこぶるいいし、尽が最初に告げたように監視の目がなくったってご飯だってしっかり食べられるようになっている天莉だ。


だけど、一人でだってご飯が食べられるようになってからも、いつの間にか生活能力皆無の尽のためにご飯を作らないといけないと言う気持ちにさせられて……おいとましそびれてしまっている。


(近いうちにアパートに帰りたいって言ったら……尽くん、何て言うんだろう)


そう考えるなりすぐさま『おや、天莉あまり。この家で俺と一緒に猫を飼うのは諦めるの?』と耳元で問い掛けられた気がして、天莉はグッと唇を噛んだ。


そのことを思い出したと同時、あの条件は物凄く過ぎてずるいと思って。


お風呂場で一人になれた安心感からだろうか。


あれこれと物思いにふけり過ぎていた天莉は、結局トリートメントもしないまま――。


「天莉、髪の毛の方は全部済んだ?」


腰に天莉と同じく小さなフェイスタオルタオルを一枚だけ巻いた尽に、鏡越しに問い掛けられて、びくっと肩を跳ねさせた天莉だ。


鏡の方を向いていて尽の方へお尻は丸見えだし、鏡に映ったタオル姿だって頼りない。


それに――。


ミラー越しに見た尽の、たくましい胸板と二の腕などに目を奪われて、天莉はやたらと恥ずかしくなってしまったのだ。


博視のヒョロリとしたなまっちろい裸なんて比べ物にならないほどの猛々たけだけしい〝雄〟を感じさせられて、自分だけが裸だった時の方が数百倍マシにさえ思てしまった天莉だ。


(じ、尽くんって……着痩せするタイプだった、の……?)


思い起こしてみれば、触れ合うたび尽の腕の中はどっしりとした安心感があった。

あれはこの美術品のような肉体美のおかげだったのね、と天莉は今更のように気付かされた。


完全に油断していたところへ尽が戻ってきて、ひゃわひゃわと慌てる天莉とは裏腹。


尽はとても落ち着いた様子で

「どうやら出来てないみたいだね。じゃあ、俺がそのまま続けてあげよう」

と宣言した。

崖っぷち告白大作戦⁉︎〜彼氏と後輩に裏切られたら、何故か上司に寵愛されました〜

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