桜の花びらがはらはらと舞い落ちる道。
一つも欠けることなく綺麗に留られた自分の学ランを見て、思わずふっと鼻で笑う。
今日でもう最後かと少し寂しくなりながら校門をくぐろうとしたその時、左ポケットにいつもの重たさが感じられないことに気づいた。
うわ、スマホ…机ん中かも。
さすがに取りに行かないとまずい。
ほんの気まずさを感じながらも踵を返した。
再び校舎に入って教室に向かう。
改めて振り返ると、やっぱり楽しかった3年間。
特に最後の1年はもう、最高だった。
新学期、席が前後だったやつと一番最初に仲良くなって、そいつの友達だと紹介された3人とも打ち解けて。夏休みも冬休みも馬鹿みたいにはしゃぎ倒した。
学年1の人気者、生徒会長、クラス1のムードメーカー、サッカーバカ、そして陰キャの俺。
俺以外の全員がもれなくイケメンで死ぬほどモテるせいでたまに一軍の女子から色々されることもあったけど、あいつらといればそんなのも忘れるくらい楽しかった。
それももう終わりかぁ、なんて一人感傷に浸りながらしんとした教室に足を踏み入れると、窓辺に人影が。
ぶわ、と風が吹いた拍子にカーテンが舞い上がる。
その瞬間、柵に頬杖をつく見慣れた横顔を捉えた。
…勇斗。
俺がこの1年つるんでいた、学年1の人気者。勇斗の周りにはいつも人と笑顔が絶えない。こんなに陰キャな俺にも分け隔てなく接してくれる優しい良いやつで、
密かに俺が、恋心を抱いている相手。
無意識に足に力が入っていたみたいで、古びた床がぎし、と音を立てる。
その音に勇斗が大袈裟なくらい驚いて、こっちを振り返った。
ボタンが一つも残っていないその学ランを見て、やっぱりか、と諦めの混じったような笑いがこみあげてくる。
「びっ、くりしたぁ…んだよ仁人か」
「すまんよ驚かして。まだ残ってたんだ」
「まぁ、うん。そういうお前もな」
「スマホ忘れたんだよ」
「ふはっ、最後まで忘れもんかよ」
「うるせぇ。…佐野さんは相変わらずモテモテですな」
「あぁこれなー。弟に回そうと思ってたのにさぁ、さすがに無理だわ」
「はは、たしかに。んで?本命はだれなの」
「だれでしょーね」
「んー、あ、柏木さんとか?お前仲良かったじゃん」
「ぶぶーー」
「あ、分かった草川さんでしょ、かわいいし」
「…仁人、草川のことかわいいって思ってんの」
「は?なんで俺?いやだって、皆言ってんじゃん」
「お前がどうかって聞いてんの」
「え…、まぁ、可愛い方ではあるんじゃないですか…?」
「…ふーん」
「…いや、なんか言えよ」
変なところで会話が途切れて、空気がぎこちない。
俺はなんかもっとこう、思い出話とか弾むんかなとか思ってたんだけどなぁ。いやでも、ボタンの話をしたのは俺の方か…。
一番廊下側で、一番後ろの俺の席。机の上で腕枕をして、再び窓の外を見てしまった勇斗の背中を眺める。
でっけぇ背中。カーテンと共に風に靡く、サラサラで細い髪。
上京するって言ってたから、この姿を見るのも今日で終わり。この恋も全部、今日で終わり。
「もう、会えなくなるんだな、」
小さく呟いたその声は彼の耳にも届いたみたいで、向こうを向いたままで言った。
「寂しい?」
「そりゃあ、な」
「行ってほしくない?」
「…さすがに応援してるよ、友達ですから」
“友達”。自分で言いながら、頭の中に重く響いた。
終わらせないと、自分の中で。ここで。今。
眺めていた背中が涙でぼやけてきて、流れ出してしまう前にと腕に突っ伏した。
「…俺は仁人のこと、友達だと思ったことない」
「……は?」
鈍器で頭を殴られたような、強い衝撃が走った。
思わず立ち上がって、怒りと悲しみでぐちゃぐちゃになった感情で震える足で勇斗の元に進む。
「それ、どういうことだよ」
がっしりとした肩を掴んで勇斗を振り向かせたその時。
唇に、柔らかい感触。
勇斗でいっぱいになった視界で、状況を理解するのにそう時間はかからなかった。
とは言え、いきなりのことに硬直する身体。
しばらくするとそっと勇斗が離れていき、そこでようやく目が合った。
「好き。好きだよ、仁人」
「好きだから…友達だと思ったこと、無かった」
「で…でも、第二ボタン。付き合ったんじゃ、」
「んなの一言も言ってねぇよ。仁人の勘違い」
ほら、と差し出された手の上には、学ランのボタンが一つ。
「俺の第二ボタンは、仁人にあげたかった」
想像もしていなかったまるで漫画みたいな展開に、さっきとは違う涙が溢れそうになる。
言葉を発さない俺を見て勇斗がゆっくりと近づいてきて、頬にそっと触れた。
「その反応、俺…期待していい?」
顔を上げると、抑えきれなかった涙が一粒、二粒と頬を伝う。
俺もちゃんと、伝えなきゃ。
涙を拭ってくれるその手に恐る恐る手を伸ばす。
「俺も…俺も好き、勇斗のこと、」
その瞬間、触れた指を絡め取られたと思えば、身体が包み込まれた。
「付き合って…仁人。毎週末会いに来るから」
俺の不安を端から消し去るような告白。
俺は背中に回した腕にぎゅっと力を込めて、
「よろしくお願いします」
そう答えた。
コメント
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こういう青春ハッピーエンドだいすきなのほんとありがとうみるちゃんもだいすき
天才です。